北海道歌旅座コンサートスケジュール

歌旅座テレビ
サーモンズPOLOシャツ


七月の暑い夜、親しい友人とお蕎麦屋さんへ行きました。
路地を入って、さらに狭い階段をゆく。
そこで初めて食べた「そばがき」、これに冷酒が合うこと。
あまり若い人は見かけず、かといって私達も浮いているふうでもなく、居心地が良かった。

ずいぶん昔にホテルのバーで飲んだ時、なんだか分不相応でちょっと恥ずかしかったのを、ふと思い出しました。そこもきっと、今ならもう少し落ち着いて過ごせるかもしれない。

二十歳でお酒解禁となってから約二十年。
まわりの大人達に許されながら、お酒を覚えていったのだなぁ~と思う。
今では、何を食べるか、どこで誰と飲むか、いろんな味わい方を知りました。
まだまだ未知の愉しみがあるに違いない。

歌旅座で覚えた初めての味は、塩コショウで食べるジンギスカンと、タイ料理。
最近はタイの唐辛子を刻んでタレに入れたのも、とってもおいしい。
OJ(屋上でジンギスカン)の時は、やっぱりビールから。
屋上の開放感にもビールがよく似合う。

開放的と言えば、芦別の野外公演の本番前、せっかくだから飲むぞと、
ボスが出店でお酒を調達してきてくれたことがあります。
開演迫る頃、悠々と構えるボスと時計を交互に気にするJUNCOの様子をよく覚えています。
この時は芦別名物ガタタンをすすりながら日本酒をいただきました。もう八年前のこと。

おいしい記憶には、いい思い出がついてくる。思い出すとキリがないなぁ。

各地の方々とお酒を交える機会も多く、集まりのあちこちで笑い声が聞こえるのは
とてもいいもの。
一度きりにならず、思い出を重ねて行けるのは、嬉しく、ありがたいことです。
これからも末永く、おつきあいさせてくださいね。


だいぶ涼しくなりましたね。あと少ししたら、季節がひとつ変わります。
皆さまどうぞお元気でお過ごしくださいませ。

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北海道が記録的な猛暑になったこの夏・7月中旬。
ちょうどその頃、福島県の奥会津に行ってきた。
 
北関東での打合せと公演開催営業を兼ねての旅である。
5月に相馬、南会津と公演に来ていたので、比較的早いうちでの福島再訪となるが、
北から東北をおりてくるには遠く、あまり来れるところでもない。
そうであれば、この機会になかなか行けない町々を訪れてみようと思ったのである。
 
「浜通り」「中通り」「会津」と3つの地方に分かれ気候や文化も異なる福島県。
「会津」の中でも、
新潟との県境ここ奥会津は、冬は豪雪地帯だが山間の自然があふれ、
北海道と同じく<四季>をしっかり感じれるところ。
幕末の戊辰戦争の舞台ともなった、会津藩下の歴史のある地域である。
 
千葉県の流山での打合せの後、茨城、栃木のいくつかの町に寄りながら、
会津・下郷町の渓流沿いの一角にある小さな温泉街にたどり着いた。
民宿のおかあさんが、独特な会津訛りで出迎えてくれる。
 
「いらっしゃい。お待ちしてました。
 ここまで来られてさぞ、お疲れだったでしょう。
 さーさあ、お湯に入って」と。
なんだか時代劇に出てくる、まるで宿場の旅籠のようなおもてなし。
 
ただ、会話の途中聞き慣れない会津訛りは、タイ語を少々話せる私が
去年BOSS とタイからメコン川を越えて訪れたラオス人と話した時の感覚に
少し似ているから、面白い。
 
宿では、手作り感のある露天風呂と郷土料理、そしてお母さんの地元話に
すっかり癒された。
「コンサートが決まったらまた来てらっしゃい」
「貸切りにするから~」
 
翌朝、宿を発ち、奥会津の町村を廻る。
山間部を抜けては度々広がる只見川の横を車で走らせる景色が心地よい。
 
この日最後に立ち寄ったのが柳津町。
訪問先を出てふと見上げると、山岩の上から見下ろす存在感のある建物が。
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あっ、そういえば、、昨日の宿のおかあさんの言葉を思い出した。
「柳津にいったら、虚空蔵さんにお参りにいくといいよ」
 
せっかくだからと岩の梺までいってみると昔ながらの門前通りがあり、
名物・あわまんじゅうの看板が目に飛び込んでくる。
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元気のいいおかみさんが、「お茶いれるから、中で食べてって~」と呼び入れてくれた。
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そこでまた世間話に花が咲く。
僕たちは日本中を旅する歌の一座だと話すと、それじゃこの人達に相談すれば
いいよと地元の方も紹介いただいた。
 
「私は福岡から柳津に嫁いで45年、最初はなかなか馴染めなかったよ~。
でも今じゃここでしか暮らしたくないねー」
といいながら、地元で古くから食べるという、家庭用の梅の漬物もご馳走してくれた。
 
そうして、そのあと急な階段を上り、1,200年前に建てられたという圓蔵寺のお堂を目指す。境内に入ると、柳津のまちが一望できるパワースポットだ。
2~3日前の雨がなければ、只見川の水はエメラルド色をしているという。

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虚空蔵様には、奥会津の町々での公演が早く実現できるように祈願。
こうして過ごした、2日の奥会津の旅であった。
 
会津の三泣き>という言葉があるそうだ。
 「会津に来たときはその閉鎖的な人間関係に泣き、
 なじんでくると人情の深さに泣き、
 去るときは会津人の人情が忘れ難く泣く」のだと。
 
わずかな時間であったが、奥会津の“人情”にはすでに触れたような気がする。
 
歌旅座での公演の旅と営業の旅の糧を貰った奥会津。
まだまだニッポン全国には私たちの知らない町、景色、人との出会いがある。
これからも、その出会いを求めて。
 
 残暑、お見舞い申し上げます。
アリタ
 

JDは俗に言う【女子大生】の事ではないです。
JUNCOとダルです。
今日はこれからJUNCOとの二人旅に出発します。
それはスケジュールには載っていないツアー、題して『慰安の道南ツアー』です。

日々を慰安が吹き荒れて 帰ってゆける場所がない 日々を慰安が吹きぬけて 死んでしまうに早すぎる もう笑おう、もう笑ってしまおう 昨日の夢は冗談だったんだと 祭りのあとの淋しさは 死んだ女にくれてやろう 祭りのあとの淋しさは 死んだ男にくれてやろう もう怨むまい、もう怨むのはよそう 今宵の酒に酔いしれて
           (吉田拓郎『祭りのあと』より)

このブログリレーのように、町のお年寄り達へ残暑お見舞いと慰安を兼ねて、
施設などを訪問して直接JUNCOの歌を聴いてもらう旅です。
長万部町、せたな町、森町と道南3町へお伺いさせてもらいます。

特に今日お伺いする長万部町は初めてのレストランGRASSでの公演から、
実行委員会が組織されるようになった今も、担当としてお付き合いさせてもらってます。
この実行委員会は本当にいろんな意味で強力なんです。
特に女性同士が同級生で長い付き合いらしく、仲が良くしかもパワフル。
言うなれば『長万部町の四人囃子』
ひな祭りの歌に♪よーにんばやしの笛太鼓 今日は楽しいひな祭り♪とありますが、
その通りで賑やかで話題が尽きません。毎日ひな祭りみたい…
でも見ているとその中でムードメーカーな人、まとめ役の人、暗黙の了解で
それぞれのキャラや役割があって賑やかだけど、まとまっている不思議な4人。
今回の公演も四人囃子のお一人が勤めている施設で引き受けて下さいました。

4人の中のひとり、浜形 政子さんは実行委員会を立ち上げれないかと
最初に相談させてもらった方で、この方が最初に立ち上がってくれなければ
今の実行委員会もなかったかもしれません。
今では自分が歌旅座の窓口、浜形さんが実行委員会の窓口となって
双方のパイプをつなげているのです。


こう書いていると思いの外、いい話しになってしまったぁ…
あまり書くと今日この後が恐ろしいので。
(自分と四人囃子の上下関係を察してください)

ちなみに浜形さんは5号線沿いに『カネフク浜形水産』というお店をやっておりますので、
会ってみたい方はこちらに行って、長万部名物カニ飯を食べて来てください。
塩辛もオススメです!
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さぁ、しゅっぱーつ!いってきまーす!!





 

故郷を離れて早5年。歌旅座に入ってからは3年。もう何十年も経った気がする。
振り返ってみれば、まだそんなもんしか経っていないのかと少々驚きだった。
それだけ、この歌旅座は自分にしっくりくる場所なんだろう。
離れて間もない頃は帰りたくてたまらなかった美深。
嫌いだった車の運転も、帰るまでの道のりだけはウキウキしていた。
私が運転すると札幌から約4時間半の道のり。
やっとの思いで旭川に入ったあたりから、ようやく故郷のにおいを感じたものだ。
(実はそこからがまた長いのだが…)
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最近じゃぁ 時間もそんなにないし、帰る時間があればひとつ公演を入れれないものかと、
実家への帰省は後回しにしていた。正月も帰らなかった。
そうすると電話口で母が寂しそうに話すようになった。
「お正月はお兄ちゃんも帰ってこなかったから、二人だけだったんだ。でも大丈夫よ」
「みんな孫の話ばっかりするけど、大丈夫よ。」
「忙しいから帰って来れないもんね。」
その度に33歳独身娘の心がチクチク痛むもんで、折を見て一度両親の顔を観に
実家に帰ろうかと思い始めた。
運よく7月末から8月頭にかけて道北ツアーが決まった。
帰るタイミングはここだ ! と思い、BOSSに相談。
チエ「実家帰ってきていいっすか?」
BOSS「変な里心つけて帰ってくんなよ。」
チエ「大丈夫っす!」
ってな具合で久々の里帰りをさせてもらうことにした。

国道40号線を北上し名寄バイパスを最後まで走り抜け、更に7~8㌔進むと
"西里" という部落がある。そこが私の田舎だ。
国道沿いには、お父さんとお母さんが汗水流して育てた畑が広がっている。
生き生きと太陽に向かって葉を伸ばすカボチャやら、芋の花やら、蕎麦やらを見ると
元気に農作業ができているのだと安心した。
なんにもないところだが、不思議なもんで見慣れた景色がほっと胸をなでおろす。
家に帰れば、野良仕事で日に焼けて真っ黒になった父と母がいて、これまた
ほっとする瞬間だった。
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せっかく帰ってきたのだから畑仕事でもと思っていたのだが、この時期は特に暇で
手伝ってもらうことはないとあっさりフラれてしまった。
ならばと、歌旅座の種まきに父と母も連れて行くことにした。
私が営業している間、父と母は友達に会いに行ったり、観光地を巡ったりと
別行動だったが、楽しそうにしてたので安心した。
少しは親孝行できたかな?

当たり前に通っていた故郷への道は、いつしか特別なカントリー・ロードとなっていた。
またいつか旅のついでに帰るとしよう。


8月も半分が過ぎました。お盆だから墓参りや、来客や、帰省で何かと慌ただしい
かもしれませんね。
あと1〜2ヶ月もすれば収穫の季節。北海道の秋はもうそこまで来ています。
残り少ない夏、元気に乗り切りましょうね。




再起不能になるかと思われた腰の痛みもすっかり癒え、
以来1か月以上続けている自宅会社間のウォーキングにより、
腹回りもスッキリし、身体が軽くなってきました。
世間的にはぽっちゃり体型ですが、歌旅座の中ではガリガリのオガです。
 
だいぶ涼しくなってきましたね。
あんなに額に、全身に汗して過ごす暑さも耐え難いですが、
こう涼しくなるとその暑さも少しだけ恋しくなるのは私だけでしょうか。
 
 
さて、恒例となってきました歌旅座メンバーによるリレーブログ。
今回は「残暑見舞い」と題し、お届け致します。
まずは私オガからスタート、お付き合いのほどよろしくお願い申し上げます。
 
 
過ごしやすくなった今日この頃、ご家族やご親戚とともに、
ご先祖様達との懐かしい思い出に浸りながら
穏やかなお盆をお過ごしのことと思います。
 
この時期になると、街のあちこちから聴こえてくる祭囃子。
真っ盛りの夏を告げる風物詩ではあるものの、
夏が終わりに近づいて行く哀愁感も心に漂います。
短い北海道の夏がそうさせるのでしょうか。
 
近年、小さなお祭りがひとつふたつと姿を消している、という話を耳にします。
ここ札幌市内も例外ではないようです。
時代や地域の変化なのかもしれませんが、その地で永らく
住民を楽しませてきたお祭りが無くなるというのは寂しいものです。
そこで途絶えてしまう伝統や文化も、全国にはたくさんあるのでしょう。
 
歌旅座は昨年、そんな消えかけていた宝物に出会いました。
現在の北斗市がある地域。そこに茂別村が誕生したのはおよそ110年前。
昨年発見された資料に、譜面と歌詞が掲載されていた『茂別音頭』です。
しかし、茂別村があった頃を知る現在ご存命の方でさえ、
歌うどころか、その歌の存在すら知らなかったというのです。
 
我々はそれに新たな命を吹き込むべく、復刻・音源化をさせて頂きました。

そのことがきっかけとなり、今年の北斗市でのお祭りでは、
盆踊りでこの『茂別音頭』が流れたそうです。
その風景をご先祖様達は喜んで見守ってくれていたでしょう

我々歌旅座も、去る8月11日の「夏まつり2017」で
"北海道讃歌"のひとつとして演奏させて頂きました。   
古と今の月日の橋渡し役として関われたことを大切にし、
これからも歌い続けていけたらと思います。

そして、この出来事は私にも素敵な出会いをくれました。
小唄や音頭と呼ばれる歌には欠かせない「三味線」です。

昨年、この『茂別音頭』を演奏することを目的で中古品を購入し、
見よう見まねで練習し、何とかこの1曲は形だけですが、
恰好が付くようになってきました。

しかし、せっかくこの伝統的な和楽器に出会ったからには、
しっかりと弾きこなしたいと、更なる野望が芽生えてきました。
 
目標とするのは、歌旅座を応援してくださる皆様であれば
ピンとくるあの曲です。
 
まだまだお聞かせするには程遠い状況ですが、
目下、激しく特訓中です!
 
 
どこかの公演で、三味線・オガが登場する日が来るのでしょうか。
どうかあまり期待せずに待っていてくださいね~🎵

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