北海道歌旅座コンサートスケジュール

歌旅座テレビ


継続は力なり
日進月歩
千里の道も一歩から
涓滴岩を穿つ

とは昔からよくいわれているもの。
「3日坊主の天才」とBOSSに命名されたわたくしではありますが
最近続けることの意味を身をもって感じさせていただいております。
歌旅座に入り、唯一毎日続けて来た麻雀がようやく実を結んできたのであります。

思えば4年間。ツアーと営業以外は雀パイと向き合ってきました。
17時を過ぎるとBOSSの「行くぞ」の一言で雀卓のある社長宅へ向かい麻雀がスタート。
先輩たちの試合をただひたすら後ろで盗み見てルールを覚える。
しかし、右も左もわからぬ若坊主にとって、その時間は興味よりも睡魔が勝り
試合が終わるころにはいつの間にか寝ているなんてこともしょっちゅう。
うさぎさんがこっそり買ってくれた麻雀の教本を、1ページ読んでは眠り、
3ページ読んでは眠り、結局何も頭に入っていないためまたはじめから読む…
そんな日が続きました。
やっとの思いでほんのりルールを覚えた頃、試合に参加させてもらうものの
雀パイを混ぜれば勢いが良すぎて床に散らばり、積もうとすれば山が崩れ、
取ろうとすれば隣のパイが転げ…試合にはボロクそに負ける。
その度に「バカ!」と怒られ「なんでこんなことまで言われながら麻雀やらなきゃならないの!」と
ハンカチを噛みながら悔し泣きをしたもんです。
それでも何とか「勝ちたい!」そんな一心で道場に通ったわけです。

ようやくルールがわかり、怒られる回数もぐ~んと減った頃には麻雀が楽しくなっておりました。
当たろうが当たるまいが、自分がアガるために捨てたいものを捨てる。
負ける時はがっつり負けますが、勝った時の点数の高さと嬉しさは数倍。
いちかバチかのスリルがたまらないのです。
名付けて運試し麻雀!!
しばらくこれが麻雀の楽しさなんだなと思い込んでおりました。
しかし、それではダメと気づかされた言葉が。BOSS がよく言うんです。
「麻雀は人生の縮図だ」
どうして人の人生がこんな50㎝四方のテーブルの上で決まるんだと聞く耳もたずだったのですが
試合を続けてみると、出るんですよね性格が。
もうものすっごく出るんです。

自分の順番が来るたびに新しい牌をつもり、手持ちの牌を捨てる。
次にどんな牌が来るかはわからないから正解なんてものはわからないけど、自分の牌、捨て牌をよんで上がりに近づいていく。
その時どの牌を捨てるかがものすごく重要で、捨てた牌のせいであがることができなくなったり、捨てなければ今頃あがっていたりということもあります。
逆に捨てたおかげでものすごく高い手であがれることだってありますね。
勝ちたい欲を抑えきれず最後に満貫をふりこみ大損することも。
だから自分に必要のないものを真剣に考えないと勝てないわけです。
考えすぎてわからなくなったら、進むか留まるかまた決める。
なんだか人生の選択に似てます。

先日、最下位をキープしておりましたがようやくそこから抜け出すことができました。
JUNCO さんを抜くことができたのです。
このままいけば次は三位!?などと浮かれるのは禁物でございます。
点数を上げるのはあんなに難しいのに、落ちるときは一気に落ちる。
その恐ろしさをよぉ~く知っていますからね。
気を抜かず、コツコツと進んで参りたいと思います。
先輩方、今宵もお手合わせのほどよろしくお願いいたします。
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毎度ぉ~~!

円山夜想・マルヤマノクターンの店長、KENZZZI48)でおま!


しかし、上方落語がこんなに話題になるなんてなぁ。
米朝、米朝いうてなぁ。


さて、6月15日はアリー&BOSS企画のメナムの晩餐会。略して「メナ晩」や。
今回もごっつ美味しいおもてなしをしていただきました!

開店と同時にお酒の差し入れも届きましてな。
みんなビックリしてはってんで〜。
ほんで日本酒好きのこのご両人。
ご満悦やろ〜〜。 

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でな。
今回も辛旨いタイの料理をアリーはんが振舞ってくましてな。
灼熱のタイで食べたもんと、同じ味を再現してくれはりました!

聞けば、タイでBOSSとアリーはんはメナムの晩餐会の為に、レシピを研究し常宿のペントハウスで夜な夜な料理を作り合ってるとか。。
食材も男二人でアレヤコレヤと買い出ししてるんやけど、仲が良すぎてそっち系に間違われる事もあるんやて。タイやしな。
日本でも男二人でスーパーで仲よう買いもんしてたら、思わず買い物カゴを覗き込みたくなるな。
何買うてるんやろって。
5個100円の餃子は最後の一個は半分こにするんやろか。。
3連プリンは選ばずに4連ヨーグルトにするんやろか。。
とか。。
ま、いらん詮索やな。

で、メニューは、イサーン風ソーセージのサイコーイサーンや空芯菜のオイスターソース炒め、ガパオにふわふわ卵焼きと「メナ晩」らしいラインナップ。


辛旨料理で軽〜く汗ばんだところにコレ。
なんだか分かりますぅ??

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マレー語で「毛の生えた何がし」っていうんやて。
そう。 ランブータン。
タイ語で「ンゴ〜」鼻濁音で発音します。
ライチやロンガンの仲間らしいで。
中は白い実になっていて、甘い舌触りと濃厚な白ブドウのような香り。
剥かなかったら食べモンとは思わんやろね。最初に食べた人はエラい。


で、最近食べた人はこの方。

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美味しそうに食べてはりましたで!
日本を代表するハープ奏者の千葉さん。この日はスペゲでいらっしゃりました。
ランブータンは一個ずつアリーはんが剥いてくれはりましたで♪

デザートはンゴ〜、スイカにパイナップル。辛いモンの後の南国フルーツは格別ですなぁ。
っとほっとしているのも束の間。

これでシメないのがメナ晩や。
シメのメニューは何と「トムヤム・ヌードル」!
シメには麺が欠かせませんが、激辛麺でシメるとは。。

そのままでもめっさ辛いのですよ。
がしか〜し。
日本を代表する激辛リストのうさぎさん。辛いことはこういう事だと若手にビッシビッシと指導してはりました。
辛味が長〜い持続性のある赤唐辛子をふりかけのように投入。
しかし若手も決して「辛い」とは言わへんでした。

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そうして、メナムの晩餐会は更けていくのでした。



そういえば、まだ写真に写ってない二人がおりましたなぁ。



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このお二方(←チエ 司会さん→)。

前半で飛ばすので後半はダウン。両者お酒の呑み方が似てはりますなぁ。



 

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北埜うさぎのトレードマークと言えば…
などとは気恥ずかしく、おこがましいので声高には言えないが、
"無駄に多いうねうね・くるくるの髪にニット帽"と思われる方も
何人かはいらっしゃるだろう。

昔から帽子は好きだったのだが、元来のものぐさ・ズボラな部分を
隠してくれる利点が幾つかあり、「化粧はせずとも帽子はかぶる」
これがもう うさぎの日常になっている。

私は頭がデカい。
そう言うと 真正面からはそれほどには見えないのか、あるいは
心優しき人々のいわゆる"忖度”というやつか、「そんなこと
ないでしょう?!」と言ってはもらえるが、いやいや、どうしてどうして。
前面は額が丸く広いおでこちゃん。
後頭部は、これはよく美容師にはいい形とほめられる「後ろでこ」タイプ。
小さな小さな頃は写真嫌いで、よくカメラを向けられると ぴぃぴぃ
泣いていたらしいのだが、短く刈り上げられた頭で、涙を〇水で
ぐしゃぐしゃになっているその頃の写真の仔うさぎはまるで
"空豆”だ。
載せないよ!
見せませんとも、そんな写真。ふーーんだっ!!

ほんでもって、小学校低学年の頃ついたあだ名が"でこっぱち”。
懐かしの赤塚不二夫作『もーれつア太郎』の押しかけ子分のデコッ八。
ま、さすがに もうちょっとは可愛かったけどね。

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(画:ヂュンコ・ゲイブリエル)

でこっぱちから長じても 小顔ならぬ小頭にはならなかった。
帽子好きではあるものの、つば付きのおしゃれな"ハット”は、
悲しいかな、物によっては 帽子を脱いだ時に孫悟空の頭の
輪のような跡が残ってしまう。
だから愛用のニット帽の殆どは 女性用ではなくメンズコーナー
で仕入れたものばかりだ。
気がつけば 何十個にも増えた帽子たちは もはや身体の一部
みたいになっている。

そう言えばーーーーーーー

私の父の世代は、外出する時には必ず帽子をかぶっていた。
昭和、いや昭和初期までに生まれた男性の多くは、外出時の着帽は
当たり前だったように思う。
夏は白いYシャツの袖をまくり、頭にはカンカン帽。
秋冬はツィードの背広にソフトな中折れ帽。

昭和 中折れ帽


玄関のコート掛けの上には 季節に合わせた帽子が
常にのっていた。
遊び心にその帽子をかぶると、当時父が使っていたポマードの
匂いが薄く香ったものだ。

父の帽子を思い浮かべる時、何故か同時に浮かぶのは、"ひょい”
という言葉だ。
国語辞典曰く、"ひょい”とは『身のこなしが軽いさま。
または 軽い調子で物事をするさま』を表す言葉。
出かける時は靴べらを使い革靴をはいた後、最後に"ひょい”と
帽子をかぶる。
帰宅すると玄関のコート掛けの上に"ひょい”とのせる。
外出先で気のおけない知人に出会うと "ひょい”と帽子を持ち上げる。
数日の出張から戻ると、お土産めあてに玄関まで出迎えた仔うさぎの
頭に"ひょい”と帽子をかぶらせてから、バッグからお土産を出して
くれたりもした。
今思うと、父達の世代にとっての帽子は お洒落というよりも、もっと
気楽な『嗜み』のようなものだったのかもしれない。

車社会になり、生活様式も変わり、男性も様々なヘア・スタイルを
楽しむようになった今、若い層を中心にいろいろなタイプの帽子を
かぶっている男性を見かけるようになった。
でもそれは、とてもオシャレなものが多い。
私にとっての、あの"ひょい”とした帽子は 懐しの昭和ノスタルジアだ。
旧き良き時代、などと大袈裟にくくる訳ではないが、父の帽子を
思い浮かべると、デジタル表示では測れない、ゆったりとした
時の流れが思い起される。

昭和のあたり前の日常に欠かせないものの一つとして 父の帽子は
"ひょい”と存在していたのだ。

私は 私の帽子をかぶりながら、
そっと目を閉じて、あの中折れ帽に香る、懐しいポマードの
匂いを想い出してみようかな。

そう、明日 6月17日は 父の日。
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10日の福岡・筑前町公演を終え、山陰営業へ向かうダルをドライバーに
トラック『歌旅号』にBOSSと共に乗り込み、福岡空港へ。
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写真:いちばんぼーし み~つけた♪
なかなか見れない3人のトラック野郎ショット

そこから翌早朝バンコク入りしたアリーです。
サワディーカップ!
九州も暑かったーでもタイは相変わらず暑い。
ドリアン、マンゴスチンにロンガン、ライチ、ランブータン。
街ではこの時期は旬の果物が匂い立つように並んでいます。
うーん、ナニいっちゃおうかな。

さて今回のバンコク通信は日本と関わりのある『歌』のはなし。
初めてタイへ来た当時、こちらで聴く日本の曲といったら、
アジアでは定番の「昴」や「北国の春」。
生バンドのあるレストランに行くと、日本人が店にいるとわかれば
リクエストをしなくとも流れていたように、
タイ・日本自他共に認める「日本の歌」だ。

このころ、ほかにもたびたび耳にする日本の曲があった。
タイ語版『夕焼けの歌』である。
マッチこと近藤真彦が80年代の終わり頃歌っていた曲で、
ご存じの方も多いと思う。
ゆらゆら~とビルの街に広がる~♪
というサビの独特なフレーズで好きな歌のひとつだった。
面白いことに上記の2つの歌と違って、タイ人はこの曲が
「日本の歌」であるという認識が全くないようだった。

歌っているのは〈ジェー〉の愛称で60代以上のタイ人なら誰もが知る
かつてのスーパースター、ダヌポン・ゲオカーン。
甘い声で語る詞は、判らずともいい仕上がりのタイ語の曲になっていた。

実は、この有名歌手の〈ジェー〉、歌旅座BOSSと20数年来の友人だ。
まだBOSSがタイで起業する前にコンタクトをしていたタイ人実業家の
紹介で会って以来とのこと。
初対面時は、タイレストランで一緒に食事をし大いに盛り上がったよう
である。
BOSSは今でもトムヤムクンを食べるときご飯にスープをかけて嗜んで
いるが、この時教わった〈ジェー〉直伝の食べ方だという。

アリーも14年前、チープさんのサックス収録を、彼の所有するスタジオ
を利用させて貰った際にお会いした。
恰幅が良く、この時もBOSSに
「ハーイ、フランク!元気だったかい」
と再会を喜びシェイクハンド。
*フランク・・はBOSS当時の愛称

それ以来、タイに来る機会はあるものの遠ざかっていた。
今回たまたまYou tubeで昭和の曲を聴いていると、
マッチの「夕焼け~」がふと流れた。
「ジェー、元気でいるかな」と呟くBOSS。
そんなんで、彼の個人ページをネットで見つけ、
オフィスに電話してみることにした。
拙いタイ語で「ジェーさんですか?フランクの仲間ですけど、
彼のこと覚えていますか?」
と話すと、高揚した感じで、
「えーっ、フランク!もちろんだよ。彼に代わってくれよ」
時を越えて15年ぶりに電話越しに話す2人。
当時と変わらない旧知の友の2人がそこにいた。

ジェーは現在、一線を離れバンコク都内にレコーディングスタジオ
とレストランを経営。
毎年一年に一度だけ、今でもステージで歌っているという。
代表作のひとつ、「夕焼けの歌」のタイ語のタイトル名は
『ホープファン』。
直訳すると「共に追う夢」か。
歌詞の内容は、あきらめずに夢を追おう!
まるでJUNCOと中村小太郎さんの共作『夢は逃げない』と同じじゃないか。
現在と風貌はかけ離れているが、当時のジェーが写る
曲画像を発見。どーぞご試聴ください↓
ところで、そう、初対面時のBOSSとジェーのエピソードが
もうひとつあった。
BOSS:「この歌、日本の曲なの知ってるよね?」
ジェー:「えっ、そうなの?俺知らないけど。。」

どうやらジェー本人もホントに知らなかったようだ。
なんともタイらしい話しだが、2人の友情、そして
同じく月日を経ても変わらない虹色のタイの夕焼けが重なる。
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写真:一昨年訪れたタイ・ブンカーン県で撮ったメコン川の夕焼け

この歌を聴くとこれからも思い出してしまうにちがいない。
チャンスが会ったら、BOSSとジェーのレストランに行ってみよう
と思う。

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『博多のOさんとYさんから、呑みのお誘いがきてるんだが
俺 その日バンコク行くから お前ら女3人で参加するか?』
『ひっひっひ♪ってことは、もつ鍋ですね♪ひっひっひ♪
いいんですかぁ~~?♪ひっひっひ♪』
(どちらも、BOSSの古くからの知人である)

福岡県筑前町での公演を終え、BOSS&Areeはバンコクへ、
ダルは山陰営業へ、司会太郎は九州営業へ各々飛んでいった。
つまり、珍しいことに その夜は歌旅座三姉妹が残ることに。
福岡で公演がある時、我々は鳥栖に拠点を置くことが多い。
なにかと便が良いもので。
しかし、なにしろ『もつ鍋』が手招きして待っているということで
その日の宿は、なんと渡辺通りに面したモントレーグループのホテル!
モ・モ・モントレーっ!!ドレス着てチェックインしなくて
いいんすか?大丈夫すか?
なんだか、他のメンバーに申し訳ないなぁ~~~♪ね~~♪
なんて言いながら、心は既にウカレポンチ。

九州男児のお二人のエスコートを受け、ホテル近くの創作料理屋へ。
顔だけステージのままな女3人を引き連れて店に入っていく姿は
さぞかし、動物園の飼育員のようだったろう。申し訳ないです。
乾ききった喉に ビールが瞬く間に吸収されていく。
明日はなんてったって帰るだけでやんすから。
博多のジョンレノンと呼ばれている(?)Yさんが、なにやら
お気に入りらしい『ラーソーメン』を注文。
その名の通り、ソーメンではなく博多ラーメンの細い麺を使ったもの。
ほんのり甘めのつけ汁につけて食べる。おや?酒のつまみに合うぞ?
これは、麺さえ入手すれば どこでも出来そうだ。
後はお待ちかねのもつ鍋。あぁ~…コラーゲンが沁みてくるぅ~…

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顔だけ派手な女3人とおじさま2人。
合コンと呼ぶには ちょいと雰囲気が違うし…。実に妙な呑みの席。
しかしながら、みんな大好き『三岳』(焼酎)は、さらりとなくなる。
なにしろ、明日帰るだけの私達でございますから、一軒だけで
博多の夜を終わらせるなんてことは、考えられません。
その気持ちを察してくださったお二人は、ため息まじりに
博多名物の『屋台』へと案内してくれました。
あぁ…なぜ 屋台の提灯ってこんなにも心を動かすのかしら…

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少々湿度が高いとはいえ、外で呑むには最高の気温。
イモ焼酎のロックにおでん、小魚の一夜干しを炙ったやつ。
心地よい揺れの中で、『あれ?なぜ私は屋台で、ジョンレノンと
アラブの国王と呑んでいるのだろう(スイマセン)』
なんて思ったり。。

ほとんどお話したことがなかった仲なのに、私達とグラスを
傾けてくださって…お酒は こういう時、とても丁度よく
人との距離を縮めてくれます。
九州男児(九州紳士?)との不思議な博多の夜でした。

人は呑み過ぎるとシャックリが止まらなくなる。
ホテルの部屋に着くと、チエが『ヒャッ!…ヒャっっ!…ヒッ!』と
壊れたオモチャのようになっている。
そこへ、NARIKOが、『水をグラスで こうやって向こう側から
飲むと止まるんだよ。こう。違う違うっ こうっ コッチっ』
とある意味こちらも壊れたオモチャのように説明している。
…こいつら、変だな…思わず写真を撮るワタシ。

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3人部屋は楽しい。

微妙に呑み足りなかったNARIKOが買った梅チューハイを
回し飲みしながら、女3人の夜は更けていった。

翌日、飛行機(Pのつく会社)が3時間半も遅延して
せっかくのコラーゲンも なんだか怒りに変わっちまって、
ほうれい線も深くふかぁ~くなっちゃいました。

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ホントに大変です。



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