北海道歌旅座コンサートスケジュール

歌旅座テレビ


札幌から東に向かって車を1時間ほど走らせた場所にある安平町は
10年ほど前に早来町と追分町が合併して誕生した町です。
追分町は明治の頃、室蘭本線 と夕張線分岐点であることからその名がついたそうです。
早来町と合併する前は追分町というひとつの町でした。
その追分中学校が今年開校70周年を迎え記念式典が開催されました。
学校の体育館には全校生徒70名のほか、先生方、町長や議長、
歴代の校長先生や卒業生などたくさんの方々が参列されました。
祝い事の大好きな歌旅座もそこに花を添えるべく「昭和のうたコンサート」を
お届けしてきましたよ。
スクリーンには昭和時代の学校の写真を写し、中島みゆきの「時代」に合わせて
その歩みを辿りました。
写真を選ぶ際「この写真は必ず使って欲しい」というリクエストを受けました。
それは昭和43年、校舎が全焼するという大惨事に見舞われた時の写真でした。
生徒、教師、地域が一丸となり、翌年には新校舎が建てられ、その後長い年月をかけて
その苦難を乗り越えたといいます。
会場にはその歩みを真剣に見つめる現在の生徒さん達の姿が見えました。

昭和のうただけでなく「ハルニレの詩」「北の暦」「ケ・サラ
など、故郷をテーマにした曲も披露しました。
これから社会に飛び立っていく彼らへの応援歌となることを、そして故郷を思う方々の
心に届いていることを願います。
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遂にきたか。
北海道に生きる私達が 北海道の歌を届けまくる日が。
そう、届けるのではなく『届けまくる』のです。

北海道歌旅座という看板を掲げて旅をする私達。
今までも 北の大地の香りのする音楽を各地に手渡しし、
特に道外公演では 『北海道に行きたくなった!』
『ハルニレの詩、大好きです!』等々 はっきり言って
なまら人気の『HOKKAIDO SONGS』。
そうとあらば 惜しみなく演奏しちゃおうじゃないかっ!

札幌・旭川・稚内・釧路…
誰もが馴染みのある町々の あんな歌やこんな歌。
バスガイドさんが歌ってくれた歌や
スナックのママさんが歌ってくれた歌…。
懐かしさも新しさも全てコミコミでお届け致します。
北海道の歌のみっ でございます。 

という訳で、只今 猛烈な勢いでリハーサル中。
『マヂかよ…時間ないぜ…』『焦る…』
各々仕事の合間を縫って 新曲を身体に染み込ませていく。

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前頭葉に日本海、右脳に太平洋、左脳にオホーツク
胸に北海道地図が押し寄せてきてます。
腕を広げれば もうオロロン鳥。
なにせ我ら 北海道歌旅座!!

今年のお披露目は ココだっ!
11月19日(日)北斗市 茂辺地住民センター
開場:14時  開演:14時半

11月22日(水)黒松内町 町民センター
開場:18時  開演:18時半

11月23日(木・祝)恵庭市 夢創館
開場:13時  開演:13時半

11月29日  (水)   音更町   文化センター
開場 :  18時         開演 :  18時半

12月14日(木)旭川市 木楽輪
開場:18時  開演:18時半

12月27日  (水)   滝川市   興禅寺
開場  :  13時半    開演  :   14時


歌は作り手から離れると あとは聞く人の中で育っていく。
しばらく成長を止めて 胸の中に眠っていたメロディーが
また じわりじわりと呼吸し始めます。
さぁ 起きろ起きろ~っ!
北海道が動き出すぞ~!

JUNCOでしたっ!





北海道の秋は短い。
紅葉がきれいだなと思っているうちにぐんと寒くなり、ほどなくして雪が舞うようになる。

それでも10月26日、四度目の平取町へ向かったこの日は、小春日和の穏やかな日となり、束の間メンバーとともに気持ちのいいドライブになりました。

この度は、平取町の中心部から30分ほど山奥へ進んだところにある、貫気別という地域へ。貫気別文化協会40周年の記念公演としてうかがいました。

JUNCO&NARIKO OLD&NEWコンサートと題していましたが、チエも一緒に二曲、最近レパートリーに加わった、通称「岬シリーズ」を。

今日ふと三人でステージ写真を眺めながら、三姉妹だったらどういう順番だろうか、という話に。
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真ん中でアコーディオンを構えるチエが長女に挙手。
ある時はDメジャーの曲をCメジャーで弾いてみたり、この日もどうやら残り二人とは違うコードで練習してきてみたりと不思議なことがたまに起こるのですが、そうして周りが首を傾げる中、長女を選ぶところが、彼女の愉快なところです。

普段はザ・サーモンズとして活躍しているチエ。二人のコンサートへひょっこり登場すると、会場からも「チエちゃん!」の声が。
各地で可愛がってもらっています。嬉しいですね。

「岬シリーズ」、これからたくさん披露したいと思っております、お楽しみに。

アンケートに、田舎でやっとコンサートが聴けました、と書いてくださった方がいました。
小さな町へも届けようという、この旅の始まりを思う、大事にしたいメッセージです。

井澤さまはじめ、貫気別文化協会の皆様、ありがとうございました。
またお会いできる日を楽しみにしております!

22日知内公演の後、函館空港から羽田経由でタイ入りする予定だった
BOSSとアリタ。
「なに~っ、抜け駆けはさせるか~」とのメンバーの思惑が嵐を引き寄せたのか
否か、台風21号の影響により便は欠航。
そんなことでしっかり札幌へ〈プチ返し〉して、1日遅れでスワンナプーム空港へ。
羽田から6時間のフライト到着後、安堵の一服を とロビー外へ直行した。が、
あれぇ!?、ない!
いつもの喫煙所がないぞ。

10月24日の早朝。
翌25日から29日まで、昨年10月に崩御したプミポン国王の国葬が行われるのだ。
そのためか、喫煙所は空港ビルの外れに移設され、なんとも物淋しげである。
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ここタイでも〈ノースモーキング化〉はかなり前から進み、ビル内での喫煙
不可や、今年は車中での喫煙禁止も法律で定められ、取り締まりが始まった。
愛煙家にとっては、益々肩身がせまく、ストレスを感じる世間になってきた
ものである。

今思う。
タバコは日本ではそもそも、日本専売公社(現JT)が独占販売、国の政策により
広まったものだ。
昭和43年生まれの私が10代の頃は、まだタバコは大人の王道アイテムだった。
幼少時はよく親父に頼まれて近所のタバコ屋さんにおつかいに行っていたし、
職員室では先生たちが机で煙を燻らせていた。
駅のホーム、映画館、電車の中、飛行機内、どこでもタバコは吸えた。
TVドラマの主人公のくわえ煙草のカッコ良さは憧れでもあった。

昭和40年代の喫煙率は成人男性の実に83%、健康に問題ない男性の
ほとんどが吸っていたそうだ。
考えてみると、タバコは昭和の副産物みたいなものだ。
私が20歳になった翌年の昭和64年で「昭和時代」は終わった。
平成になった今、健康への悪影響の実証や百害あって一理なしという風潮、
値段も急騰し、もはやタバコの時代は終わった。
これからタバコを吸うのはいいとは思わない。

しかし、国がやれ吸え、やれ買えとやって来たたった2-30年前と、
タバコを吸うには日常生活に苦労してしまうという対照的な昨今。
時の流れを感じると同時に、昭和の時代の(おおらかさ)
みたいなものが消えてしまっているのではなかろうか。

今日は、〈国父〉プミポン国王の火葬式。
大都市バンコクも静まりかえる。
普段は『微笑みの国』も一日『悲しみの国』だ。
こちらもひとつの時代の終わり。
テレビでは生前の国王の偉業やエピソードを放送、以前このブログで紹介
した、日本の現天皇との美談、日本とタイを繋ぐ魚〈プラーニン〉の特番も。
国王を偲んでこの魚を食べながらBOSSと献杯することにしよう。
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20年前から変わらぬヤサの一室にて。

「アンジェラ」と言うニックネームで呼ばれてる女性には共通点がある。
長身で目鼻立ちがハッキリして黒縁メガネを着用、
つまりは「アンジェラ・アキ」に似てるということだ。
ジュンコの古くからの友人にもそう呼ばれているイカしたネーチャンがいる。
今日はその娘の話からいつものように脱線してみよう。

夏の頃。
由仁町公演終了後、外で一服してるとアンジェラから紙袋を渡された。
「ナニ?」
「カラフトマメ」
「…」

彼女の祖母は樺太からの引き揚げ者だった。
現在のロシア極東サハリンと呼ばれる樺太には歴史がある。
およそ200年前には探検家、間宮林蔵が樺太が島である事を発見し
注目を集めた。
その100年後、日露戦争を終結させたポーツマス条約で北緯50度以南が
日本に譲与され、40万人の市民が住んでいた南樺太。
更にその40年後、日ソ中立条約を一方的に破棄したソ連軍が侵攻した。
北のひめゆり事件で有名な「樺太の戦い」 である。
ポツダム宣言を受託し玉音放送後に民間人5000人の犠牲者を出す地上戦が
起きた。激動の最中、豆の種を携え北海道に引き揚げてきたのがアンジェラ
のばあちゃん。
北の大地で根付き72年目の傑作がこれである。
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秋晴れの日、恒例の屋上ジンギスカンで焼いてみた。
力強い歯応えと深いコクのある味を堪能した。
実は私の叔母の父親が王子製紙樺太工場に勤務し「樺太の戦い」の犠牲者
でもある。感慨深い樺太豆。
そんな事を思い出させてくれるアンジェラ。
その彼女がプロデュースする公演が明後日開催される。
ノーザンホースパークでのディナーライブ。
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当日、受付には一目で分かるアンジェラがいるはず。
「はーいアンジェラ!」と気軽に声をかけてみてはどうか。
8分の1くらい白系ロシア人の血を引いている風貌が特徴。

台風の影響で1日遅れで訪れたバンコクの街はプミポン国王の葬儀で喪中。
会社も店も休み。
酒も販売禁止である。
そんな日にはプールで潜水していよう。
明日はアリーのバンコク通信で会いましょう。

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