皆様、北埜うさぎでおま。

歌旅座ライヴ会場で物販の目玉として
ご好評いただいている円山厨房特製カレー。 
おこがましい話ですが、このカレーの土台となったのは、
不肖ながら私の「うさぎカレー」でございます。 
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昔々、このカレーを舌も腹も肥えたスタッフにふるまったところ
たいそう気に入られて、 レストラン円山厨房というお店の定番メニューに、 
さらには、レトルトパッケージとして商品化されるという流れがありました。

ここに至るまで、レトルトという形態のために多くのプロの手が入り、 
以前のような家庭でふるまった調理方法とは似て非なるものではあります。
でも、これまでに紡ぎ出してきた楽曲の歌詞たちのように、
たくさんの方々に愛されているのは、何ともこそばゆく嬉しいのでございます。

とは言え、私自身、カレーはさほど好物でもなく、
外食の折にも自ら注文するのは皆無という品。

ただ、そんな私にも「どうじても食べたい!!」と願った
憧れのカレーライスがありました。
多少の脱線をお許し願えれば、そんなカレーの思い出話をひとつ......。





20歳代半ば......。
ひたすら仕事に突っ走っていた頃。
内臓を患い、病院に向かった。
医師に説得され、仕事は休みたくなかったけれど、
当面の業務を片づけてしぶしぶ入院することになった。 

過労とストレス、そしてお酒。 
今は人並み程度だと思うが、当時はたしかに周囲から「ざる」と指摘されるのも
あながち嘘とも言い切れないほど、イケる口であった。
遅れて宴に加わった男性社員が次々とつぶれても平気で呑みつづけ、
「よく呑めますねえ〜」と店員から呆れた口調で言われたこともたびたびあった......。


そんなこんなで、夏・真っ盛りの入院生活。
8人部屋で周りはほぼ年配者ばかり。
治療は日々の回診、点滴、安静臥床、そして食事療法。
仕事柄、見舞客が多く、狭い病室では迷惑をかけるので
その都度、院内をウロついていたら看護師に叱られてばかりいた。
そう言われても寝てばかりでは退屈するので、 
同室唯一の20歳の女の子を誘って
みんなが寝静まった頃に外来のロビーに降りて、
車椅子を爆走させて遊んだりしていた(ほんま、スミマセン...)。 

その罰が当たったのか、数日後、ベッドから起き上がるときに
ひどいギックリ腰をやらかし、あわせてヒドいモノモライもできてしまった。
ある日には、眼帯をして歩行器につかまり、ヨタヨタ歩いていたら 
お見舞い客に「オマエ、いったい何の病気で入院してんだッ???」って。
......ほんまですなぁ、トホホ。



いろんな検査も済んで、回診と点滴が終われば、
ある程度は自由が利くようになった頃、短時間の外出が許されて
近くのショッピングセンターに出かけてみた。

真夏。解放感に背中を押され、こっそりと食べたのがアイスクリームぜんざい。 
大いに満足して病室に戻った夕方、 ひどくカラダが痛みだし、
またまた注射と点滴、増量。
そして、そのまま投獄——ではなく、食事指導の面談室へ。

徹底した食事療法とは、脂肪ダメ、刺激物ダメ、アルコールダメ。
熱〜いモノ、冷た〜いモノもダメダメ。好きなモノ、全〜部ダメッ!!
延々と説教、もとい、延々と指導がつづく。
「いいですか。極端な話、美味しそう〜って思うだけで臓器が働き出すんですよッ」
との言葉に黙って頷けばいいものを、
「じゃあ、不味そ〜、美味しくなさそ〜、って思って食べたらいいんですか?」。
その後、説教タイムはさらに延長され、毎日の監視の目が厳しくなったのは、
ここに書き記すまでもない。



今でこそ、病院食はかなり改善され、工夫を加えて美味しくなっているが、
当時は本当に「トホホ食」だった。
目の前に出されるのは、パサパサになった薄〜い味付けのタラ、ささみ肉。
サラダだってドレッシングではなく、薄〜い酢。甘酢ではなく、ただの「酢」。

食事は常人食も特別食もいっしょに配膳されるため、
同室の患者さんのグラタンやら、唐揚げやら、生姜焼きが
うらやましくてならなかった。
なかでも、いちばん酷なメニューがカレーライス
廊下から病室まで漂うカレーの香りに包まれながら、
味気のないタラの身をぼそぼそと噛みしめる侘びしさの極みよ。
斜め向かいのおばあちゃんを羽交い締めにして、
カレー皿を奪いたい衝動を抑えるのにどれほどエネルギーを消耗したことか......。
しまいには、カレー風呂に溺れる夢まで見たほど。
ごくごく普通の、いや、普通以下でさえ、
大枚をはたいてでも食べたい憧れのカレーになっていた。

後にも先にも、ただひたすらにこれが欲しいと熱意を抱いたのは
この病院カレーだけかもしれない。

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数値も落ち着き、「あとは通院投薬で」と退院許可が出たのは嬉しかったが、
退院してしまえば、あのカレーを口にすることができない
そんな卑しん坊の無念さだけが残っていた。

長引く通院生活のある日、親しくなった検査室の女の子が、
私のためにその日の献立だった職員用のカレーを1皿、取っておいてくれた。
「そんなに美味しくないよ」
女の子が笑いながら手渡してくれたお皿の重みを今でも覚えている。

ひとくち。
うん、おいしくない。
辛味もコクもないありきたりのカレーライス。
おいしくないよ、うん。
だけど、美味しい!!

ひとくち食べるごとに、病室で聞いた盆踊りの賑わいや、
優しかった同室のおばあちゃん(羽交い締めしそうになってゴメンネ)、
回診のたびに「お酒、飲んでませんか?(入院中だっちゅうの!)」と
訊いてきた主治医先生の顔が浮かんできては、カレーといっしょに呑み込んだ。

この舌が憧れを現実へと戻してくれたけど、
「焦がれた思い」というものはそれほど悪くもなく、
不自由な入院生活の彩りとして◯◯年経った今でもこうして残っている。




きっと、誰にでもそんな、ちょっと苦笑いしてしまうような
思い出の味ってあるんじゃないかな。
語るほどもない思い出の味話。

ここまでお付き合い、ありがとうさんでした。



さあ、今日は久しぶりにうさぎカレーでも作りましょ。
皆様、どうぞ「円山厨房特製カレー」を今後ともご贔屓に......。

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イラスト=ジュンコ・ガブリエル画伯