40年とトツキトウカ前、奇跡が起きた。
ちっちゃいちっちゃいじゅんちゃんの誕生だ。
昭和52年4月24日 浜益村大字群別村字床丹番外地
村中に大きな大きな産声が響き渡ったそうな。
淳子の最初の歌です。
頭皮から垂直に生えたウニのような髪の毛は
『およげ!たいやきくん』のヒットを予測していたのかも
しれません。

写真の中に残る幼い頃の景色。
『北の国から』みたいな ボロボロの家(小屋?)
ブランコ・川からひく生活水・日産ローレル
わかばの煙草…。

まさか その頃 ラジオやテレビで流れていた曲達を
歌うことになるだなんて…。

公演の時に 『意外とお若いんですね』と
よく言われます。
多分 同年代だと思ってらっしゃる。
これはでも 嬉しいことです。
私がとても自然に 昭和の曲達を歌えるのは
やはり 小さい頃から 父さんがギターで
『いちご白書をもう一度』だったり
『さらば恋人』だったり 『メリージェーン』
だったりを歌っていたからだと思う。
そして その曲達が『好きだった』んだと思う。
モノマネするのも好きだった。

私はブルーハーツが好きだった。
理由は 『聞いてるその場で言葉が入ってくるから』。
昭和の歌謡曲も同じく、大体 思いを巡らせられる『ストーリー』
があるものが多い。
ストーリーがなくても 耳に残っている曲があるとしたら
ものすごく アレンジがイカシテるってことだ。

チエがたまに 曲の 歌もコーラスもベースも
ギターもトランペットもドラムも
とにかく気になるところを全部歌う という
本当に自由な歌い方をするんですが
それほどまでに 各パートに 『イカシタ』ポイント
が必ずあることも 昭和の作曲法かもしれません。
いつも時代を読み続ける作詞家・作曲家の方達は
本当にすごいなと思います。

たまに 平たくされた音・
インパクトを作らない・グルーヴがない音楽を聴く。
ひっかかりもしないし、グッともこない。
流れていくのだ。良いも悪いもないのだ。
それが好きだと言う人もいるけれど。がしかしっ!
時にナイフを!時にバラを!時にマグマを!
人を愛そう! 人に嫌われよう!
夢が叶ったら 一緒に酒呑んで 泣こう!
そう、昭和の歌は 人間臭い。最高だ。

我々 歌旅座も 匂いのする人ばかり。
きっと それは この先にも残すべき
昭和の匂いなんじゃないだろうか。

今日は 労働者の酒 ホッピーでも
呑みに行こうか。
ハムカツでもつまみながらね。

JUNCO 40歳。
昭和研究家としては まだまだ勉強不足。
イイものはイイものとして残していきたい。
そして それは 完全なるコピーではなく
どこかに 『時代を読んだ策略』や
『自分達の匂い』も付けてお届けしていきたい。
あぁ 大変っ! 忙しくなりそうです。

本日最後に じゅんちゃんの
お色気 サービスショットを。
もう ビキニは 着れない…。

IMG_20170422_165150

(幼馴染の彼女は 3月生まれなので
同じ歳なのに 大分年下に見えます。)

おめでとうを 
ありがとう◎