昭和64年(1989)1月7日、昭和は幕を閉じた。

昭和天皇が体調を崩された前年の秋以来、
世の中は華やかな事を極力おさえた〝自粛モード〟であったが
この日の早朝に崩御されてからは、テレビ・ラジオはCMを自粛し、
特別番組を流し続けた。 
(その為レンタルビデオ店は大盛況、棚がスカスカになったのが懐かしい)
街のあちこちには半旗が掲げられ、営業をとりやめる店、
営業しても笑顔はおさえ、喪章をつけて対応する店など、
少なくとも数日は日本中がお通夜状態となった。

かくいう私も気がつけば太めの筆ペンを持たされ、
当時勤めていたオフィスの入り口に貼る『喪に服すため、営業自粛云々』
という意味の張り紙を書かされていた。



ーーー元号が変わるなんて、歴史の教科書の中だけのことーーー
漠然とそんな風に考えて、いや考えてもいなかったから
小渕官房長官(当時)が掲げた『平成』という新元号がなんとも馴染めず
〝なんだか軽いなぁ、薄いなぁ、頼りないなぁ〟そう感じていた。
と同時に『昭和』という響きが重厚で愛おしく、戻りたいけど戻れない、
とても大切な物を失ったような感覚に戸惑ったことを覚えている。


明治は遠くなりにけり
これは昭和6年に詠まれた有名な句の一節であるが、
いつかは『昭和は遠くなりにけり』なんて感慨を抱くのか。
とその頃思っていたのだが、いやいやどうして、平成も29年も経つというのに
そう遠くに行ってしまったイメージがない。
どうしてなんだろう?

『明治』が45年『大正』が15年に対し『昭和』は64年もあったこと。
そしてその間には大きな戦争が起こり、敗戦を経験し、
そこからの復興や急激な高度成長において、生活様式も大きく変化し、
文明や文化も格段に進歩したこと。
まもなく平成が終わろうとしても、今の私達の生活の基盤はすべて
『昭和』に作られたものだと思えるからじゃないだろうか。

昭和生まれと言っても昭和ひとケタ生まれと、50年以降に生まれた人では
見る景色もずいぶん違うものだろう。
その大きく異なる時代背景を持って産み出されてきた物が色濃く今も息づいている。


かつて〝天皇誕生日〟と呼ばれた4月29日
今は『激動の日々を経て 復興を遂げた昭和の時代を顧み
               国の将来に思いをいたす為の国民の祝日』 
と定義づけられて〝昭和の日〟と命名された。

その〝昭和の日〟である今日、北海道歌旅座は江別市民会館にて
『昭和のうたコンサート』をお届けする。
きっと会場は、激動の日々を生き抜いてきた多くの昭和生まれの
人々で埋め尽くされるのだろう。
お届けする曲はどの曲もセピア色に移り変わった郷愁だけではなく
 今なお人を魅きつける力強さを持った曲ばかりだ。
 そして、その力ある昭和の歌に、JUNCOが、NARIKOが、サーモンズが、
さらに彩りを添えて〝生き続けている昭和〟を会場に響かせることだろう。


あの日、太い筆ペンを手にしながら、時代の移り変わりに
戸惑っていた私に一言教えてあげたい。
〝大丈夫、そう簡単に昭和は消えないよ〟って。

うさぎ_昭和写真
平成元年(昭和64年)4月29日
東急百貨店 玩具売場にて。

レコード部門からキャラクターグッズを扱う、ソニークリエイティブに異動。
GWにセサミ・ストリートグッズのイベントを仕切った時の1コマ。
(クッキーモンスター・うさぎ・ビックバード)