道東ツアーを終え、女満別空港から羽田経由で単身バンコク入りした。
北見駅でメンバーと別れ空港連絡バスに乗り込む。
車窓から見える初冬の景色は30年前を想起させてくれた。

1987年9月からニューヨークに渡り2ヶ月以上レコーディングに没頭し、
帰国後すぐに「LOOK 晩秋の北国編」と題し道内各地を公演して廻った。
「あの時の景色と同じだ」走馬灯のように彷彿とさせるではないか。
 同時にニューヨークでの出来事を思い出していた。

LOOKはチープ広石が在籍していたポップスバンド、俺はプロデューサー。
当時ライブハウスで活動していたアマチュアバンドからメンバーを一本釣りして
結成したプロデュースバンドである。
デビュー曲「シャイニンオン君が哀しい」はヒットしてテレビのベストテン番組
などに出演し全国ツアーも数多くこなしたが4年という短命でバンドは解散した。

1987年のニューヨーク・マンハッタン。
今は無き貿易センタービルがアメリカ経済を誇示するかのようにそびえ立っていた。
インディアンサマーの秋晴れの日、JFK空港に到着した。
さあ明日からニューヨークでのスタジオワークが待っていると期待したのも束の間、
我々のスタジオはマンハッタンから車で1時間以上離れたロングアイランドにあった。
(日本で言えば東京と神奈川県鎌倉のような位置関係か)

スタジオ近くの閑静な住宅地に6LDKの一軒家を借りての共同生活である。
1ヶ月が過ぎロングアイランドの生活にも慣れ、
それなりに充実した日々を送っていたある日、チープから相談を受けた。
「詞が書けないので1週間だけマンハッタンで一人暮らしさせて欲しい」と。

4枚目のアルバム「OVER LOOK」日本で創作したのは7割、残りは現地で作るよう
計画されていた。
チープは映画でよく見るマンハッタンイーストビレッジの街並みに憧れ、
ひと時のニューヨークライフに思いを馳せていたのだろう。
ビレッジに住むコーディネーターの知人に依頼したら運良く部屋は見つかった。
2週間ほどカリフォルニアに旅行する友人が提供してもいいと。しかも賃料はただ。
チープは意気揚々とロングアイランド鉄道でマンハッタンへ出かけて行った。
だが1週間後待ち合わせのカフェに現れたチープはゲッソリしていた。
まったく眠れないらしい。理由を聞いて笑ってしまった。
部屋にはシェパードクラスのデカイ犬が同居している。
昼は知人が散歩に連れ出すが夜になると元気よく部屋中駆けずり回るらしい。
(だから賃料無料。意味が分かった)
頼み込んでマンハッタン一人暮らしさせてもらってる手前、文句も言えずに我慢
して過ごした1週間だった。
しかしそんな思いから出たフレーズが後に歌になった。(チープ作詞ではないが)

 ♪ニューヨークシティから今夜僕も逃げてしまおう
 誰もいない部屋に残される君と僕のソリティア♪

「冬のソリティア」ルック・スタジオライブ FM東京 1988.2.24
(solitaireとはフランス語で孤独を意味する)
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ルックフォーノスタルジア  チープ広石
2007年LOOKトリビュートアルバムとしても収録されている。
最近知ったのだがAmazonでは中古が¥9800の高値で販売されている。
大好評のカスタマーレビューも一読してほしい。


10年前読んだ本の中に印象的な一節があった。
「十年たっても変わらないものは何もない。二十年たてば、周りの景色さえも変わって
しまう。
誰もが年をとり、やがて新しい世代が部屋に飛び込んでくる。時代は否応なく
進み、世の中は
そのようにして続いていく」

蓮見圭一作「水曜の朝 午前3時」という小説だ。
この一節は後に、チープ広石の半生を描いたドキュメンタリー映画
「セイムオールドストーリー20年目の訪問者」を製作した際、作者の承諾を得て映画の中で
引用させてもらった。
これにあえて追記するならば
「そして三十年たてば…振り出しに戻ることもある」と。

俺は今、チープ広石が志半ばにして成し遂げられなかった思いを胸に、
北海道歌旅座として原点回帰に似た精神で旅を続けている。
そんな事を想起させる北見発女満別空港行きの連絡バス。
寒暖差40度もある馴染みのプールサイドで時空を超え執筆している。


おまけ
旅に出たらその地に関わる本を読むようにしている。
今回はこの1冊。
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「だから居場所が欲しかった」
陽光降り注ぐ東南アジア。
陽の当たらない場所で働く日本人達のドキュメント。
いつの時代もいるよね外道達は。

未だ俺もそのひとりだ。