あの日、私達は胸を躍らせていた。
『CHEEP広石が復活する!』

JUNCO&CHEEPを結成して間もなく、相方CHEEP広石の
癌が発覚。突然 身体の大半を持っていかれたような感覚だった。
それは私だけじゃなく共に旅をするみんなが同じ気持ちだった。
ショックを引きずる間もなく、ここから 
『CHEEP不在にしていかにステージをお届けするか』という
メンバー必死の悪戦苦闘の日々が始まる。
(最も必死の闘いをしていたのはCHEEP本人であり、
ご家族であっただろう。)

夏の女満別空港。
BOSSと共に、機体の車いす専用昇降機で降りてくるCHEEP。
(その瞬間は見ていないが、多分、素敵な乗務員さんに
ウインクのひとつやふたつカマシテいたに違いない。)
そう、みんなが彼の復活を待っていた。
女が惚れ、男が焦がれる色男サックスプレーヤー!
空港に降りるやいなや、タバコを一本取り出し、
『ちょうどイイ感じだね。』
と、分かる人には分かるセリフを言ってくれたあたりで
(ドキュメンタリー映画『セイムオールドストーリー』参照)
迎えに行ったメンバーの心には真っ赤な太陽が降り注いだ。

北海道179市町村公演の9公演目の町だった斜里町(9公演目っ!)。
久々の出演者勢ぞろいということで この日は本当に
音にも人にもすべてに…申し訳ないが… 『興奮していた』。
BOSSも興奮しすぎて 足が三点攣り(脛・ふくらはぎ・土踏まず)。
エアーサロンパスの匂いに包まれたあの斜里のステージは
『喜び』にあふれていた。

あれから8年。
CHEEP広石は 遠くへ行ってしまった。
(男とどっかへ消えたヤツもいる。未だに腹が立つので黒く
塗り潰させてもらう。)

2009年斜里

8年ぶりの斜里のステージ。
あの時いた人、新しく共に走っている仲間…色んな景色が変わった。
ゲストに地元の踊り子さん達が出演。いつものステージを
より華やかに盛り上げてくれた。
『今も こんなに沢山の人達と楽しいことやってまっせ~CHEEPさ~んっ!』


よく、『若い』ということを『青』に例える。
青春、青二才… 8年前のあの時、さすがに青春ではなかったけれど
『青さ』が残っていた私達。それから旅を続け…、
見上げてきたのは 晴れ渡る青空ばかりではない。
群青色の空も、茜色の空も、これから向かう色濃い空も、
どんな時だって 前を向かなきゃいけないことを知った。

9公演目だった斜里、
976公演目だった斜里、
全て受け止めて 生きていこう。

一緒に走っていた 北海道を一番知ってる看板犬『太陽』も
あっちでCHEEPさんと このおもろい旅を見てくれてるだろう。

太陽くん

また行きます。思い出の斜里へ。