奈良県は北西部にある川西町。
戦前まで大和野菜の雄として栄えた『結崎ネブカ』という
甘くておいしいねぎの産地、海はないが貝ボタンは国内トップシェアを誇る
人口約8500人ののどかな町を訪れた。
ここに20年間地元の人達に守られ続けてきた会館があった。
その名は川西文化会館。コスモスホールという愛称で親しまれている。
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公演日、少し早めに会場入りした一座。
担当の片岡さんが「9時になったらスタッフが来る予定なんで」と
教えてくれた。てっきり2~3人くらいの人数かと思いきや
その時間になると「おはようございます!」と次から次へと人が来た。
総勢十数名。
年のころは50代~60代後半、私の両親と同じか少し上の世代の方々だった。
みなさんは文化協会でそれぞれ踊り、ギター、歌など好きな活動をしていて
ホールで行事がある時はボランティアでその運営を手伝っているそうだ。
とっても「気」の良い人達だった。
開場時間になると、女性の皆さんはコスモス色のジャケットを羽織り、とびきりの
笑顔でお客さんを迎えてくれた。
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公演を終え撤収作業に取り掛かろうとすると、すでにスタッフのみなさんが
手伝ってくれていた。驚きだったのは全員がマイクケーブルの8の字巻を習得している
ことだった。
その後も手慣れた様子で照明の復旧作業…etc。
いつもの倍以上の人数での撤収はあっという間に終わってしまった。

片岡さんに「いやぁ~すごいですね。」と声をかけると「皆さん20年選手ですから」
とさらり答える彼もまた、この会館ができた年からずっとみなさんと一緒にここを守ってきた。
沢山の会館で公演をしてきたが、こんなに地元の人が密着して守られている場所は初めてだった。
発表会がある時なんかは、近隣市町村の会館を利用することも多く、演じる側として会館の人が
何をしてくれたら嬉しいのか、助かるのかということを感じるそうだ。
だからこそ、ものすごく丁度良い感じで私たちのステージのサポートをしてくれた。
気づくと”大きなお荷物”痛風ダル君の車いすを押して介助までしてくれていた。
そこには「おもいやり」があふれていた。
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川西町のみなさん、ありがとうございました。またきっとお会いしましょうね。