10年目のRUN
あの日とは、9年前の2009年2月26日。
この日が歌旅座の9周年だということは、
出かけてから知ったのです。
マイナス20℃以下にしばれた早朝の沼ノ沢駅。
そんな駅も列車もあと1年でなくなってしまいます。
そんな中での9周年。
公演回数は重ね重ねて1000回以上ですか!
カメラマンとして、JUNCOの歌う姿を舞台袖のあたりから
ファインダー越しに見てる僕ですが、
心に残ってるライブシーンは数知れず。
「ファインダーから見つめた9年間」
北海道歌旅座・9周年、おめでとうございます。
北海道歌旅座・9周年、おめでとうございます。
9周年を迎えるとは、あの日、 思いもよりませんでした。
あの日とは、9年前の2009年2月26日。
〈ゆうばり国際ファンタスティック映画祭〉 の一角で
北海道歌旅座が産声を上げた日のこと。
北海道歌旅座が産声を上げた日のこと。
僕は縁あって、その場に居合わせた1人なのです。
あれから9年経った2018年2月26日、
僕は単独で夕張に来ました。
僕は単独で夕張に来ました。
来春に無くなる夕張の鉄道を撮りに行こうと
かねてからタイミングを見計らっていたところ、
天候の条件が整ったこの日の朝に
急遽、宿の手配をして夕張に向かいました。
かねてからタイミングを見計らっていたところ、
天候の条件が整ったこの日の朝に
急遽、宿の手配をして夕張に向かいました。
この日が歌旅座の9周年だということは、
出かけてから知ったのです。
なんという偶然。
引きの強さでしょうか。
引きの強さでしょうか。
いや、これはチープ広石さんに呼ばれたのに違いない。
ですね、きっと。
ですね、きっと。
マイナス20℃以下にしばれた早朝の沼ノ沢駅。
当時、寒くてゆっくり話す状況にもありませんでした。
それに狙いの一番列車もすぐにやってきます。
それに狙いの一番列車もすぐにやってきます。
そんな堅い雰囲気の中で撮影スタートしました。
列車の運転手が、
「こんなところで勝手になにやってんだ!」
という顔で我々をにらみつけていきました。
「こんなところで勝手になにやってんだ!」
という顔で我々をにらみつけていきました。
無許可のゲリラ撮影だったんですね。
昔も今も予定調和なところはない北海道歌旅座です。
昔も今も予定調和なところはない北海道歌旅座です。
そんな駅も列車もあと1年でなくなってしまいます。
ファンタスティック映画祭の会場だった
夕張市民会館の入口もベニヤ板でふさがれてました。
夕張市民会館の入口もベニヤ板でふさがれてました。
時は無情にも流れてしまうのです。
そんな中での9周年。
公演回数は重ね重ねて1000回以上ですか!
本当にびっくりします。
歌い続けているJUNCOもそうですが、
1000回以上も舞台の設営撤収を繰り返してきた
歌旅座のメンバーたちにも尊敬の念を抱きます。継続は力なり。
歌い続けているJUNCOもそうですが、
1000回以上も舞台の設営撤収を繰り返してきた
歌旅座のメンバーたちにも尊敬の念を抱きます。継続は力なり。
なかでも同年代の司会太郎さん、アリタさん、
よくもまあ、身体が動くねえ~。みんなタフだわ。
よくもまあ、身体が動くねえ~。みんなタフだわ。
カメラマンとして、JUNCOの歌う姿を舞台袖のあたりから
ファインダー越しに見てる僕ですが、
心に残ってるライブシーンは数知れず。
その中でも、あれは2017年春の旭川公演だったかなあ。
旭川・木楽輪(きらりん)のグランドピアノで、
尾崎豊の「街路樹」、
オリジナルの「どこか寂しい幾度の夜に」を
歌ったときのJUNCOの歌声の凄み。会場の張り詰めた空気。
未だに忘れられません。みな固唾を呑んでいました。
彼女のグランドピアノと高杉奈梨子のバイオリン、
ぜひまた聴かせて欲しいです。
旭川・木楽輪(きらりん)のグランドピアノで、
尾崎豊の「街路樹」、
オリジナルの「どこか寂しい幾度の夜に」を
歌ったときのJUNCOの歌声の凄み。会場の張り詰めた空気。
未だに忘れられません。みな固唾を呑んでいました。
彼女のグランドピアノと高杉奈梨子のバイオリン、
ぜひまた聴かせて欲しいです。
そして「走 RUN THE 10 YEAR」。
10年目は、ぜひJUNCOのオリジナル曲を
たっぷり聴きたいというのが1ファンの気持ちです。
10年目は、ぜひJUNCOのオリジナル曲を
たっぷり聴きたいというのが1ファンの気持ちです。
特にチープさんを欠いてからの4年、
JUNCOが感じて来たもの、伝えたい想いが、
きっと、ぎっしりと詰まっていることでしょう。
JUNCOが感じて来たもの、伝えたい想いが、
きっと、ぎっしりと詰まっていることでしょう。
(北海道東川町 在住)


