10日の福岡・筑前町公演を終え、山陰営業へ向かうダルをドライバーに
トラック『歌旅号』にBOSSと共に乗り込み、福岡空港へ。
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写真:いちばんぼーし み~つけた♪
なかなか見れない3人のトラック野郎ショット

そこから翌早朝バンコク入りしたアリーです。
サワディーカップ!
九州も暑かったーでもタイは相変わらず暑い。
ドリアン、マンゴスチンにロンガン、ライチ、ランブータン。
街ではこの時期は旬の果物が匂い立つように並んでいます。
うーん、ナニいっちゃおうかな。

さて今回のバンコク通信は日本と関わりのある『歌』のはなし。
初めてタイへ来た当時、こちらで聴く日本の曲といったら、
アジアでは定番の「昴」や「北国の春」。
生バンドのあるレストランに行くと、日本人が店にいるとわかれば
リクエストをしなくとも流れていたように、
タイ・日本自他共に認める「日本の歌」だ。

このころ、ほかにもたびたび耳にする日本の曲があった。
タイ語版『夕焼けの歌』である。
マッチこと近藤真彦が80年代の終わり頃歌っていた曲で、
ご存じの方も多いと思う。
ゆらゆら~とビルの街に広がる~♪
というサビの独特なフレーズで好きな歌のひとつだった。
面白いことに上記の2つの歌と違って、タイ人はこの曲が
「日本の歌」であるという認識が全くないようだった。

歌っているのは〈ジェー〉の愛称で60代以上のタイ人なら誰もが知る
かつてのスーパースター、ダヌポン・ゲオカーン。
甘い声で語る詞は、判らずともいい仕上がりのタイ語の曲になっていた。

実は、この有名歌手の〈ジェー〉、歌旅座BOSSと20数年来の友人だ。
まだBOSSがタイで起業する前にコンタクトをしていたタイ人実業家の
紹介で会って以来とのこと。
初対面時は、タイレストランで一緒に食事をし大いに盛り上がったよう
である。
BOSSは今でもトムヤムクンを食べるときご飯にスープをかけて嗜んで
いるが、この時教わった〈ジェー〉直伝の食べ方だという。

アリーも14年前、チープさんのサックス収録を、彼の所有するスタジオ
を利用させて貰った際にお会いした。
恰幅が良く、この時もBOSSに
「ハーイ、フランク!元気だったかい」
と再会を喜びシェイクハンド。
*フランク・・はBOSS当時の愛称

それ以来、タイに来る機会はあるものの遠ざかっていた。
今回たまたまYou tubeで昭和の曲を聴いていると、
マッチの「夕焼け~」がふと流れた。
「ジェー、元気でいるかな」と呟くBOSS。
そんなんで、彼の個人ページをネットで見つけ、
オフィスに電話してみることにした。
拙いタイ語で「ジェーさんですか?フランクの仲間ですけど、
彼のこと覚えていますか?」
と話すと、高揚した感じで、
「えーっ、フランク!もちろんだよ。彼に代わってくれよ」
時を越えて15年ぶりに電話越しに話す2人。
当時と変わらない旧知の友の2人がそこにいた。

ジェーは現在、一線を離れバンコク都内にレコーディングスタジオ
とレストランを経営。
毎年一年に一度だけ、今でもステージで歌っているという。
代表作のひとつ、「夕焼けの歌」のタイ語のタイトル名は
『ホープファン』。
直訳すると「共に追う夢」か。
歌詞の内容は、あきらめずに夢を追おう!
まるでJUNCOと中村小太郎さんの共作『夢は逃げない』と同じじゃないか。
現在と風貌はかけ離れているが、当時のジェーが写る
曲画像を発見。どーぞご試聴ください↓
ところで、そう、初対面時のBOSSとジェーのエピソードが
もうひとつあった。
BOSS:「この歌、日本の曲なの知ってるよね?」
ジェー:「えっ、そうなの?俺知らないけど。。」

どうやらジェー本人もホントに知らなかったようだ。
なんともタイらしい話しだが、2人の友情、そして
同じく月日を経ても変わらない虹色のタイの夕焼けが重なる。
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写真:一昨年訪れたタイ・ブンカーン県で撮ったメコン川の夕焼け

この歌を聴くとこれからも思い出してしまうにちがいない。
チャンスが会ったら、BOSSとジェーのレストランに行ってみよう
と思う。