北埜うさぎのトレードマークと言えば…
などとは気恥ずかしく、おこがましいので声高には言えないが、
"無駄に多いうねうね・くるくるの髪にニット帽"と思われる方も
何人かはいらっしゃるだろう。

昔から帽子は好きだったのだが、元来のものぐさ・ズボラな部分を
隠してくれる利点が幾つかあり、「化粧はせずとも帽子はかぶる」
これがもう うさぎの日常になっている。

私は頭がデカい。
そう言うと 真正面からはそれほどには見えないのか、あるいは
心優しき人々のいわゆる"忖度”というやつか、「そんなこと
ないでしょう?!」と言ってはもらえるが、いやいや、どうしてどうして。
前面は額が丸く広いおでこちゃん。
後頭部は、これはよく美容師にはいい形とほめられる「後ろでこ」タイプ。
小さな小さな頃は写真嫌いで、よくカメラを向けられると ぴぃぴぃ
泣いていたらしいのだが、短く刈り上げられた頭で、涙を〇水で
ぐしゃぐしゃになっているその頃の写真の仔うさぎはまるで
"空豆”だ。
載せないよ!
見せませんとも、そんな写真。ふーーんだっ!!

ほんでもって、小学校低学年の頃ついたあだ名が"でこっぱち”。
懐かしの赤塚不二夫作『もーれつア太郎』の押しかけ子分のデコッ八。
ま、さすがに もうちょっとは可愛かったけどね。

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(画:ヂュンコ・ゲイブリエル)

でこっぱちから長じても 小顔ならぬ小頭にはならなかった。
帽子好きではあるものの、つば付きのおしゃれな"ハット”は、
悲しいかな、物によっては 帽子を脱いだ時に孫悟空の頭の
輪のような跡が残ってしまう。
だから愛用のニット帽の殆どは 女性用ではなくメンズコーナー
で仕入れたものばかりだ。
気がつけば 何十個にも増えた帽子たちは もはや身体の一部
みたいになっている。

そう言えばーーーーーーー

私の父の世代は、外出する時には必ず帽子をかぶっていた。
昭和、いや昭和初期までに生まれた男性の多くは、外出時の着帽は
当たり前だったように思う。
夏は白いYシャツの袖をまくり、頭にはカンカン帽。
秋冬はツィードの背広にソフトな中折れ帽。

昭和 中折れ帽


玄関のコート掛けの上には 季節に合わせた帽子が
常にのっていた。
遊び心にその帽子をかぶると、当時父が使っていたポマードの
匂いが薄く香ったものだ。

父の帽子を思い浮かべる時、何故か同時に浮かぶのは、"ひょい”
という言葉だ。
国語辞典曰く、"ひょい”とは『身のこなしが軽いさま。
または 軽い調子で物事をするさま』を表す言葉。
出かける時は靴べらを使い革靴をはいた後、最後に"ひょい”と
帽子をかぶる。
帰宅すると玄関のコート掛けの上に"ひょい”とのせる。
外出先で気のおけない知人に出会うと "ひょい”と帽子を持ち上げる。
数日の出張から戻ると、お土産めあてに玄関まで出迎えた仔うさぎの
頭に"ひょい”と帽子をかぶらせてから、バッグからお土産を出して
くれたりもした。
今思うと、父達の世代にとっての帽子は お洒落というよりも、もっと
気楽な『嗜み』のようなものだったのかもしれない。

車社会になり、生活様式も変わり、男性も様々なヘア・スタイルを
楽しむようになった今、若い層を中心にいろいろなタイプの帽子を
かぶっている男性を見かけるようになった。
でもそれは、とてもオシャレなものが多い。
私にとっての、あの"ひょい”とした帽子は 懐しの昭和ノスタルジアだ。
旧き良き時代、などと大袈裟にくくる訳ではないが、父の帽子を
思い浮かべると、デジタル表示では測れない、ゆったりとした
時の流れが思い起される。

昭和のあたり前の日常に欠かせないものの一つとして 父の帽子は
"ひょい”と存在していたのだ。

私は 私の帽子をかぶりながら、
そっと目を閉じて、あの中折れ帽に香る、懐しいポマードの
匂いを想い出してみようかな。

そう、明日 6月17日は 父の日。