ごきげんいかがですか。
司会太郎です。


北海道は夏の終わりを感じさせる涼しさ。
とはいえ、全国的には暑い日はこの先も続くことでしょう。 

夏の季節、悩ましいといえば、蚊やハエなどの昆虫です。
仲間内では、私は無類の昆虫嫌いとして知られています。
毎夏、この件に関してブログ記事にしているぐらい苦手なのであります。

そこで、今回の「司会太郎の視界良好」は夏休み・お盆特別企画
晩夏の怪談話をお届けしましょう。

なお、これからお話しする物語は、
大学時代の友人であったQ君実話を再構成したものです。
二十数年前に本人から聞いたときは、全身の血が凍りつきました。
衝撃が強いため、心臓の弱い方は主治医の立会いのもと
お読み進めていただきたい。意外と長文です。

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Q君は地方出身者。
札幌の片隅の古ぼけた小さなアパートで
自炊生活をしながら高校へ通っている。
ありがたいのは、不定期に実家から送られてくる食料。
インスタントラーメンや野菜、冷凍された肉や魚など。
外食する余裕はないから、不器用ながらも料理をするようになった。
バブル景気の恩恵は、地方出身の学生には与えられない。

夏休み到来。
この夏はアルバイトせずに、
実家でゆっくりと過ごすつもりだ。
友人たちにも久しぶりに会える。
期待に胸をふくらませて長距離バスに乗り込んだ。

この年の夏は、暑かった。
北海道でも、例年以上の暑さが続いた。
3週間後にQ君が札幌に戻ってきた日も、
めまいがするほどの気温の高さ。
必要以上に持たせてくれた食材と
たくさんの夏の思い出を詰め込んだカバンを引きずるようにして、
汗が止まらないままのQ君はアパートの玄関にたどり着いた。

ドアを開けると
、部屋にこもっていた熱気が
一気にQ君を押し戻そうとした——奇妙な臭気とともに。
Q君は歩みを進めて靴を脱ごうとした。

「おや?」

Q君はリビングルームの板の間(フローリング)の模様が
以前とは違うことに気づいた。
木目の模様に、無数の白い斑点が加わっていたのだ。

留守の間に大家さんが勝手に入室したのだろうか。
それとも、米かパン粉の袋でも倒れたかな。
でも、どちらも考えづらい。綿ゴミでもなさそうだ。
Q君は床まで顔を下げて、さらに目を凝らした。

「うごいてる」

君はここで1度、死んだ。
その光景は彼の人生で空前絶後だった。
クワガタやトンボを追いかけた日々は急速に色褪せた。

意識を
戻したQ君は、もう一度見なくてはならなかった。

無数の白い斑点は、そのすべてが動いていた
しかも、玄関に立ち尽くすQ君に向かって
それらが向かってきているのだ。
ここでは、それらを「ウー」と呼ぶことにしよう。

ウーたちは、大量にいた
30センチ四方に58匹はいたという。
フローリングの板がちょうど30センチの色違い——
チェス盤のような構成になっていたから数えてみたらしい。
8畳のリビングルームだったから、その数は著しいものになる。
大袈裟にいうならば、地平線に至るまでの大地は
すべてウーたちに覆われていた
あたかも、ハリウッドの大作映画のコンピュータグラフィックスだ。
でも
、当時はそんな考えは及ばないし、そんな特殊技術もない。
現実がそこにあるだけだ。

ほんの1区画だけではあるが、冷静にウーを数えたQ君は、
ここでやっと、カバンを静かに玄関に下ろした。
暑さのための汗は、冷や汗に変わっていたという。
その違いをどこで判断したかは不明だ。
そして——

「このままでは、部屋に入れない」

玄関に立ったまま、30分は対応策を考えていたそうだ。
そこには、古い言い方だが下駄箱があり、靴があり、傘がある。
部屋には上がれない。
殺虫剤を買いに走るという考えもあるが、
蚊やハエなどに効果はあっても
ウーたちに直接効く薬剤があったかは、
この若者は知らなかった。
そもそも、そこにある危機を放置して買いに行けなかった。

靴で踏み潰す? 傘で叩き潰す?
Q君はこれらの方法も検討したが、実行しなかった。
あまりにも残酷だし、その後処理は想像したくない。
この危機をどう乗り越えるのか。
007ことジェームス・ボンドなら、この危機一髪(発)を
どうするのだろうか。

「あ」

Q君は閃いた。
下駄箱から、とある缶を引っ張り出した。
カバンから友人たちと花火で遊んだ際のライターを探し当てた。
靴の防水スプレーと火で、簡易火炎放射器の準備ができた。
かつて、テレビの金曜ロードショーか、日曜洋画劇場だかで観た
007映画のように、炎でウーたちを撃退するのだ。
踏み潰したり叩き潰すのと残虐性はそんなに変わらないのだが、
Q君にとっては、もうどうでもいいことだった。
(この方法は危険を伴います。良い子も悪い子も真似しないように)


果たして炎は放たれた。
Q君の直近までに迫っていたウーたちは......。

Q君は動かなくなったそれらを口でフウーッと吹く。
それらはスウーッと四方に分散移動する。
空間は確保され、26センチサイズの右足が偉大な一歩を記した。
ただ、どうしても爪先立ちとなってしまうのは避けられなかった。

火炎放射は続き、一歩、また一歩とQ君はリビングを進んだ。
そして、ついに掃除機に手が届いた。
電源を入れ、動かなくなったウーだけを慎重に吸い込んでいく。
生きたままを掃除機に入れるのは、その後を考えると避けるべきだ。

終わった。
時計を見ると、玄関のドアを開けてから
2時間40分を経過していた。
隅々まで確認した。動くものは、もう何もない。
疲労困憊のQ君は、異様な空気が沈殿する部屋の中で
なおも爪先立ちしていた。
その時、こう思ったという——

「これは俺の勝利ではない。勝ったのは奴らだ」

その夜は、友人宅に宿泊した。

Q君は、翌朝、おそるおそる帰宅して問題ないことがわかると
安心してすべての窓を開放し、ベッドに寝転がった。
たとえウーが再び現れてもベッドまで上がってこられまい。
ため息交じりの深呼吸をすると、悪臭が漂ってきた。
外からではない。臭いの発生する方向を探った。
すぐそばだ。頭だけを下ろしてみた。

「これかア!!  あゝ!!  嗚呼〜ッ!!」

視線の先はベッドの下。
ビニール袋に入った茶色の物質。
夏休み前に実家から送ってもらった鮭の切り身だったモノ。
冷蔵庫・冷凍庫に収まっていなければならないのに、
どういうわけか、ここにある。
そして、濁った状態のビニール袋の中に
何か蠢くものが——。

Q君は身体を反らせて目を見開き、
息が続く限り叫んだ
息が止まれば、また大きく吸い込んで叫んだ。
それは、近所全域に、そして札幌市の一部地域、
具体的には豊平川から国道36号線にかけて
いつまでもいつまでも響き渡ったという。

(終わり)

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いかがだったでしょうか。
少しは納涼気分を味わえましたか。
自分でここまで書き連ねてきた私は
現在、背筋が凍っています。

ところで、この話には後日談があります。

Q君は、東京の大学を目指していましたが諦めました。
なぜなら、ゴキブリがいるから。

北海道の家庭には基本的に現れないとされています。
Q君はどういうわけか、ゴキブリを昆虫帝国の帝王、
ウーを女帝であるとみなしていました。
どういう国家構造を想像しているかは常人には不明ですが、
そう思い込んでいる彼は、東京以南の生活は難しい。


では、その後のQ君は。
札幌で銀行に就職して活躍していたところ、
大阪への転勤を命じられた直後に退職しました。

その数年後、共通の友人が
成田空港で久しぶりにQ君と再会。
Q君のほうから声をかけてきたそうですが、
すっかり白髪となった彼の容姿に友人は驚いたとのこと。

Q君はアイスランドの首都、
レイキャビークに旅立つところだったそう。
そこへ行く理由を尋ねると「北海道より寒そうだから」
そして最後に、次の言葉を残して機上の人となったそうです。

「自然は、復讐する」

友人はそれを聞いてゾッとしたそうですが、
私にはQ君の言葉の意味がわかるような気がします。


皆さんも、自然には気をつけて。

バナナの皮を適切に処理しないと、
ショウジョウバエがやってくるぞ。
mushimushi
こんな可愛らしい昆虫はいない。
また、本当にこんな顔をした昆虫がいたら、
あなたならどうしますか。
私なら......夜尿症になるか、
ブログではお伝えできないことをします。


 
ごきげんよう。