「明けない夜はない!」
はじめて社会人になり、ぺぇぺぇのぺぇぺぇだった時
仲の良い同期の子とこんな合言葉をつくった。
辛かったり、いやだと思うことにもいつかは終わりがくる。
朝が来ればまた一緒に頑張ろう!
そんな意味を込めていた。

この言葉は最強だった。
こっぴどく叱られ気持ちが凹もうが、その日の飯がまずかろうが
好きな男にふられようが、タンスのかどに小指をぶつけ
あの耐えようのない痛みに襲われようが
バチーッといつもの自分自身に立て直すことができた。

歌旅座という今までとはまったく畑違いの世界に、ただただ「好きだ!」
という武器だけ持ち込み、素っ裸で飛び込んでからも、そう自分に言って
聞かせたことが何度もあった。
でもそのうち、コンサートでお客さんがホントに喜んでる顔とか、
真剣に生きてる人のカッコよさとか、めちゃくちゃきれいな景色とかに
出会ってしまうと、辛いとか、なんとか自分の感情なんてどうでも
よくなって、続けてきて良かったな。ただそう思えるようになった。

そんな頃だった。先月腰を痛めてしまった。
「痛み」というのはそれだけで人の心を欝々とさせてしまうものだ。
更にBUSUの根っこの部分にある、コンプレックス、ひがみ、ねたみ、
暗さをあらわにしてしまう恐ろしいものだ。
(痛みを伴ったBUSUにはくれぐれもご注意ください。)
ただでさえいろんなことが混ざり合った頭の中がもっとぐちゃぐちゃや。

この空気をなんとかせねば…と札幌のパワースポットとと呼ばれる
北海道神宮に行ってきた。
一歩その敷地に入ると騒々しい空気が一変して、ピーンとしたほど良い
神聖なものへと変わった。
今まで深く息を吸ってなかったことに気が付いて深呼吸をした。
真っ黒なモヤモヤが少しずつなくなっていくのがわかった。
パワースポットすごいやないか…。

そんなこんなでオフィスに戻ると、BOSSからLINEが入った。

明日のブログはチエだ
テーマは「日々是好日」

意味が分からなければ調べて
今と未来をカタルーニャ

どうしてこの場でネコ言葉を使うのか…。
なぜ語尾が「ニャ」なんだ。
まずそこが気になり「カタルーニャ」を調べると、ネコじゃない。
スペインの地名だった。
この学の無さが、他人様のボケをこれまで幾つ無いものにしてきてしまったのか…
悔やんでも悔やみきれない。
いいや、後ろをみてはならぬ。
悔やんだところで頭は良くならぬ。
前を向けと自分に言い聞かせ、本題の言葉をすかさず調べた。

それは禅の言葉だった。
困ったときの救世主 ウィキペディア によると「にちにちこれこうにち」と
読むのが正しいとされるが、「にちにちこれこうじつ」とする例、日常的
には「ひびこれこうじつ」とも読むそうだ。
日々についての良し悪しを考え一喜一憂するのではなく、常に今この
時が大切だ。あるがままを良しとして受け入れるのだ。
という意味が込められているらしい。

いまが悪いと思っていても、のちにあの時があって良かったと思えるように
思ってもらえるように、1日1日をポジティブに過ごそう。そう思った。

神社の空気に心あらわれ、禅の言葉で考えを改め、クリスマスになれば
フライドチキンとケーキを食べているであろうちょっと先の未来を
想像すると、めでたい奴だと笑えてきた。

まずは腰を早く直そう。
少し後退してしまった365歩のマーチ。
今日からまた前に進みます。
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