先日、好きなペンについて書きましたが、もっと言うと
手紙が好きだ。書くのも貰うのも。
子供の頃から、なにかあればペンを走らせ、友達に送っていた。
母の日には『オリジナルの肩たたき券』を作ってプレゼント。
学校の授業中にコッソリ回す秘密の文書ってのもありましたね。
(今思えば、別にわざわざ書かなくてもいい内容だったかも)
好きな人にはいつも 手紙で思いを伝えていたような気がする。
基本、口下手なのであります。

古くは、手紙は紙ではなく木に筆で書いていたようです。
平安時代になってから、紙漉きの技術が発達して和紙が登場。
ほんでもってみんな紙にしたためるようになったそうだ。
木だと長文書けないですもんね。仮に書いたとしても、
持っていく人も大変だ。風呂敷に包んでいったのかしら。
昔の手紙はくるくると巻紙になっていてね、運んでもらう時も
勿論巻き巻きした状態で持っていく訳で。
今のように、あの小さな携帯画面の中に、何年ものやりとりが
詰まっていることを考えると、昔は手紙をとっておくだけで
超かさばっていたことでしょう。
でも不思議なことに、何年も前のメールやLINEの文章は
見直したりしないけれど、手紙はそれがなくて、
ハトサブレの缶かなんかに大切にしまってあって、
なんてない時に蓋を開けて、当時のやりとりに思いを巡らせ
たりする。
まるで、昔聞いていた音楽がふと聞こえてきた時のように
思い出が呼吸し始める。
『ナマモノ』の力はそこなんじゃないだろうか。

文字を書くことが日常だった時代、やっぱり『キレイな字』
の人はモテたに違いない。『味のある字』もね。
(今だってそうだ。)
手紙を見るだけで会えない相手を思う訳ですから。
チッタナイ字だと、『チッタナイ字の人間』を想像せざる
を得ないんですから。
逆に言うと、モテる為に文字を練習していたのではと
想像してしまいます。素晴らしき文化。

先日、とある女の子の就職祝いに万年筆をプレゼントしたら
『ちょうどお礼状を沢山書かなくちゃいけなかったの~っ!♪』
と大変喜んでくれました。ほぉ~ 今時珍しいぢゃん。
ちゃんと『書く』ことが日常になっている。フムフム。
良かろう良かろう。
手紙のやりとりが世界からなくなったら、
いつでも捨ててかまわない言葉に埋め尽くされて
心がすさむ。間違いない。危険だ。大変だ。
紙とペンは、なくなっちゃダメだ。

カンカンに入った想いに、たまに浸ってみよう。
一時期流行った『不幸の手紙』※「この手紙を10人に送らなければ
不幸が訪れる」と書かれた手紙。今思えばなんだったんでしょうか。
それ以外は きっとプンとイイ匂いがするんでしょうね。

あ、余談ですが中国で『手紙』はトイレットペパーを意味する
そうです。愛しい人に『欲手紙』と書いたら、トイレットペーパー
が送られてきて、かつ変な人っと思われますので気をつけて。

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手紙に封をする時に使う、蝋。
ライターで溶かして紙に垂らし、左の『J』の刻印を押す。
後は大好きな切手を見つけて貼って、ポストへ。
ポストの中の収集袋の外にはみ出ませんようにと
程よい力加減で入れる。(私だけ?)