扁桃腺の摘出の手術をしてから、旭川市公演から岩見沢公演まで過ぎました。
各地でお会いした後援会の方々からご心配して頂く声もあり、
沢山声をかけて頂き、誠にありがとうございました。


12月10日退院の前日、病室で術後のブログを書いてからのその後…
翌日の朝に最後の診察があり、無事退院となりその足でオフィスへ。
その日は『メナムの晩餐会』で久々にメンバー全員集合する日、
料理は食べれないが調理を手伝いながら久々の会話を楽しめた。

翌日からは迫る旭川本公演の為の準備に取りかかる。
スタジオに入り、「さぁここから!」というまだ午前中。 
喉の違和感がまだまだ取れず、軽く咳払いをすると「あれ?血の味?」
そんな出血でもなかったが心配になり一応病院へ。
その時点で大事をとって入院を勧められたがお断りし、止血剤を当て止めてもらう。

午後からまたオフィスに戻り、作業再開をして間も無く。
またもや喉の奥の違和感が気になり、またそっと咳払いをしたとたんに吐血。
それからゴポゴポと口の中に血が湧いてくるように大量出血。
またもや病院に逆戻りし緊急に診察へ…

止血剤を当てるぐらいではもうらちが明かない。
次に出てきたのは局部麻酔で電気メスで焼いて止血を試みる。
痛いけどこれ麻酔効いてる?という状態で口内をジュウジュウと焼かれる。
「ダメだ、奥から出血してるから届かない」と、じゃあ今どこ焼いたんだよ!
と言ってやりたいくらいだったが、その時は溢れる血と麻酔で喋る余裕もなかった。

そして最終手段となる全身麻酔をしての緊急手術をする事となった。
規則だから仕方がないのかもしれないが…
血が止まらずティッシュを大量に口に入れてる人に、
「家族に連絡して来てもらえますか?」と電話をさせられ、
全身麻酔と手術の同意書にサインをさせられる。
今この状態で?ここで断る訳ないんだから終わってからでも良くない?
と思うも従わないともうそろ貧血になってしまいそうで、渋々素直に応じる。


病室で目を覚ます。
まるでデジャブのようだが、2回目のせいか貧血か、ダメージは前回より大きかった。
その日は朦朧として声も出せず、看護師さんとも筆談でしか話せず。
翌日に先生から100〜200人に1人あるぐらいの稀な大量出血で、
原因は無く、たまたま剥がれた瘡蓋が剥がれる際に大きい血管を破ったとの事。
手術は3時間近くかかり特殊なガーゼと糸で縫い合わせた事など説明を聞いて、
振り出しに戻ったのだと状況を理解した。

外に出たのは1日だけで、また入院生活に戻ったのである。
しかもまた1週間の入院を宣告されるも、旭川市本公演がもう3日後に迫っていた。
パソコンを持ってきてもらい、ベットで点滴しながらヘッドフォンで作業を進める。
かなりシュールな姿だったが、看護師さん達にはただならぬ状況だと伝わってたみたいだ。
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主治医には公演前日に状況を伝え無理を聞いてもらう形で退院させてもらう事になり、
もしもの時に備えて事前に旭川市立病院にも連絡を入れてくれていた。
さらには歌旅座の元照明担当の倫太郎もめちゃ忙しい中で東京から駆けつけてくれて、
自分の代わりに動いてくれたり、本番中はすぐ後ろに待機してくれていた。

自分はギリギリの状況だが、周りのフォローのおかげで無事に公演を終える事が出来た。
それからはみんなに助けてもらい、そのおかげで安静に出来てる事もあり、
順調に回復をしてたいぶ痛みも無くなってきている。


そして今日は経過を見る為にこれから病院へ。
何も問題なければ今回の手術についてはやっとひと段落となるのだ。
食事もずっっと3週間以上、お粥や煮過ぎたうどん、柔らかいもの限定だったが
治り次第で解禁になる食べ物も沢山あるはずだ。 
ただこの食生活で体重はー6kgになり、血液検査の結果はもの凄い良くなった。
ガンマGTPも中性脂肪も下がり、痛風の尿酸値は基準値を遥かに下回り正常値に。
タバコだって全然止めれそうになかったのに完全に止めれた。
どんどん健康になっているので、食事を取れるようになっても数値が戻らぬよう
維持もしていかなければ…
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第2弾の改造計画は声帯近くのポリープ除去を3月にする予定。
今から健康を得るには時間とお金がかかります…
気長に頑張っていきたいと思います。