小さなころから私にとってお寺は神聖な場所だった。
年に一度の墓参り。家族総出で、じいちゃん、ばあちゃんの眠る
お寺の墓へ行き、きれいに掃除をして、線香と供物をたむけ合掌。
その後は納骨堂へ行き、お参りをする。
納骨堂へ行く途中に本堂を通らなければならないのだが、その時は
必ず仏様に手を合わせて一礼してから行かなければならないと
親に教わった。
お寺では静かにしなければいけなかったし、走ると親に叱られた。
お坊さんは仏様の使いだから慣れ慣れしく話しかけてはならぬ存在だと
思っていた。

それが一変したのが歌旅座のお寺コンサートだった。
まだ一座の追っかけ時代の頃、住んでいる街のお寺でコンサートが
あると聞き観に行った。
衝撃的だった。お寺の本堂にステージがあり、照明や映像ももしっかりと
セッティングしてあった。
大音量で鳴る音楽、ピカピカと光る照明に、コンサートを楽しむよりは
バチがあたるんじゃないだろか…
静かに眠っていた魂が怒りだすんじゃないだろか…
と少々不安になるほど異空間だった。

歌旅座に入り、お寺でコンサートを開催する機会が増え、それと同時に
そのお寺のお坊さんと関わることも多くなった。
”仏様の使い”と思っていたお坊さんは”人”だった。
お酒が大好きで、煙草も吸い、ギターを弾き、マージャンを打ち、
冗談を言って笑っていた。
印象ががらりと変わり、故郷のお寺のお坊さんと話してみると、気さくで
ユーモアのある人だった。
「お寺はお墓参りと、お葬式と法事をする神聖な場所だと思っていた。」
そんな話をどこかのお寺の打ち上げでしたことがあった。
すると、お寺は人が集まるために作られた場所だと教えてくれた。
昔は子供たちの勉強の場だったり、悩み相談の場だったり、時には
暇つぶしだったり、特別な時だけじゃなく、いつでも人が来れる場所だと。
だからこうしてお寺に人が集まり、楽しみ、笑顔で帰っていくことは
お寺の本来の姿でもあるということを知った。
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先月からヨガを始めた。会場はオフィスから歩いて3分のお寺。
月に2回ほど、美人のヨガ先生と共に、お寺の住職のお経を
聴きながらゆっくり自分と向き合い、体を整えるという内容。
10数名の生徒さんに交じって私も挑戦している。
手足が短いせいなのか、はたまた肉厚がありすぎるせいなのか
先生とお同じポーズをとっているつもりなのに、なかなか同じポーズを
とることができない…ヨガマットの上でのたうち回る姿をご想像ください。
とにもかくにも、人が集まり、楽しむっちゅうことはいいことばかりだ。
探してみると、催しを開催しているお寺がたくさんある。
意外と近所にあるかもしれない楽しい場。みなさんも是非探してみてください。
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絵:ジュンコゲイブリエル画伯