私が生まれたのは1977年。その年ヒットした曲の中に
中島みゆきさんの『わかれうた』がある。
(カップリング曲は「ホームにて」)
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他にも桃色女子(ピンクレディー)や沢田研二さん等、
魅力的な歌手が沢山いた中から、『中島みゆきが気になる』
までそんな時間はかからなかったように思います。
生まれたばかりの赤ちゃんが、さすがに当時の歌声を
記憶しているとも思えないんですが、ある程度大きくなって
あの語るような歌い回し、やりきれない中にシュっと通る
筋のようなもの、北の大地を思わせる曲の構成、
白シャツ、なにに狙いを定めているのか気になる眼差し、
意外と軽快にしゃべるラジオ…。
どういう訳か、身体にスゥ~っと入ってきた。
道に倒れて誰かの名を呼び続けるほどの悲しみを
体験したくなってしまったのかな…。
幸せの後ろをついてくる別れに怯えながらも。



※不思議な二人の会話です。歌声と話し声がこんなに違う人
 いるだろうか…。

その頃父さんは、プレスリーが亡くなったことにショックを
受け、家の珠のれんを見る度に衣装を思い出し泣いていた
(ハズ) 母さんはジュリーの色気に夢中でいつかハグして
もらいたいとマヂで思っていた(ハズ)
30歳の父と母。若いなぁ~。
世界では、ピストルズにシドビシャスが加入し、ぶっ飛んだ
「マイウェイ」を歌ったりなんかして。
(このヴァージョン意外と好きでした)

全国各地で歌っていると、『北海道らしい歌声だね~』と
言われることがあります。すごく嬉しいお言葉。
もちろん北の大地が育ててくれたボディが鳴っているという
のもあるけれど、影響を受けてそう仕上がってきた部分も
あります。
旅を始めた当初、『歌は語れ、語りは歌え』とBOSSに
言われたことを思い出す。
昔、五・七・五で歌詞を書いていた人も沢山いたけれど、
それはもちろん歌いやすいんだけど、でも人の心を歌う
には時として、小節や音符からはみ出しちゃうような表現
も必要だったりする。はみ出し万歳。
吉田拓郎さんの『春だったね』も、その「はみ出し感」を
楽しませてくれる一曲。最後の最後で『春だったんだね』
とたたみかけてくる感じ。くぅ~シビレるぅ~。
語るような歌は、これからも私のテーマです。



色んな昭和の歌達と向き合うようになって、その曲の
チャームポイントのようなものを探すのが楽しくなって
います。
歌旅座のフィルターを通すと、どんなミラクルが起こせる
だろう…そんなことを思いながら、今日明日とやる
『フォークソングの広場』、盛り上げてみたいと思います。