今日もなにかと理由をつけて北緯43度で
呑んだくれている私たち。
ここでシンプルな問題。
果たして私たちは酒が好きなのか?
答えは『人が好き』なのである。
それを証拠にメンバーは一人では呑まない。
ツアー中に各自缶ビール1本を支給され部屋で
プシュリと開けたことがあるが、その味気無さ
と言ったらこの世の終わりを感じさせるほどの
無味で、結果朝起きるとテーブルには9割残った
缶ビールが泡を弾かせることなく置かれている
のであーる。

以前お寺さんで「直会(なおらい)」と呼ばれる
打上げに参加させてもらいましたが、お寺という
場所はなぜかお酒が、酒蔵かというくらいある。
そのお酒を集まったみんなで呑む
というその空間がかなりイイ。ご先祖様に手を
合わせ、皆が集まり酒を呑み笑い声が絶えない。
酒は手段なのだと思う大好きな光景である。

各地で色んな銘酒を頂く。
『これ美味しいから呑んでみて』と言われれば
『さて誰とどんな夜に呑もうか』と考える。
ワタシなんかは大好きなお酒を頂くと、夕刻早く
にニヤニヤとBOSSに近づき『社長、これには
ほっけでも焼きましょうかねぇ~』とプチパンチ
を当てにいく。それを野生の感で察したチエが
下の台所で最初のアテを仕込み出す。
『しょうがねぇなぁ~』と言いながらも
その酒に合いそうなBGMを流し始めてくれるBOSS。
『この曲知ってるかケーゴ』『知らないッス』
『なぁにやってんだおめぇは~』等々…
この呑んだ席のBGMコーナーから、かつて
いくつものレパートリーが生まれた。
さらには『この曲のようなオリジナルを』と制作
したことも多々あり。伝統にしたい『アジト呑み』

客人が来れば、私たちも心躍り、ならばあの店に
行って刺身つまみながら国稀でも呑もうとなる。
テーブルの上を一升瓶が舞う光景は、日本100景に
入ってもいいくらいだ。そこで見られる笑顔は
定山渓の紅葉にも負けない。
思い出話に花咲かせ、テーブル中央に身を寄せ合い
未来のたくらみ話も。あぁ楽しき時間。

ワタシもすっかり肝臓が弱ってしまい、最後まで
その宴の全貌を覗くことが出来なくなってしまった
けれど、でもその時の瞳の輝きや声の弾みや
やりきれない背中の丸みや握りしめた拳は
胸にしっかりと刻む。
なぜか。それが旅だから。

『皆さんで呑んでくださいね』
『是非とも!』
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距離を距離をと言われている昨今、
お猪口に互いの心映して呑み込もうじゃないか。