北海道歌旅座コンサートスケジュール

歌旅座テレビ

カテゴリ : アリタ

山口県下松市から車で約2時間。
広島県の南東端・福山市へやってきた。

ツアー中、せっかく訪れるまちがどんなところなのか、
どんな穴場や名物があるのか、
なんてなことを調べてみたりするのだが、
ここ福山は、瀬戸内海のちょうど真ん中あたりに位置する、
瀬戸内海式気候のまち。
夏にはいると、海風と陸風が入れ替わるときに無風となる、
いわゆる特有の「凪」がみられる。
海側の鞆の浦(とものうら)は、万葉集にも登場する歴史ある景勝地。
お正月の定番曲「春の海」は、作曲した宮城道雄が過幼少期に過ごした、
ここ鞆の浦の美しい風景をイメージしたらしい。
それが関係しているのか、福山はシェア70%を越える日本一の
琴生産地でもあるんですね。

春の海 ひねもすのたりのたりかな

季節はすでに初夏ながら、そんなゆったりしたイメージを
勝手にもって、福山へ向かう。
しかし、今日の福山は残念ながらツアー初の雨模様。
結構どしゃ降りだ。
かき消される、ゆったりイメージ。

そんなときは、まず一座の力となるご当地グルメを
求め、向かったのは公演会場近くのお好み焼き屋さんへ。
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そう、ここは広島なのだ。
生地が薄く、キャベツ、ソバの入った広島風の本場。
カウンター越しの鉄板にならぶどっさりキャベツ、
8人前のお好み焼きは、見ても楽しく、食べても美味しく。
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歌旅座一の粉モノ好きなチエ、ダルはセミダブルを楽に完食。
そんな私もツアー中、確実にお腹回りに違和感が。
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会場は、約1年半ぶりとなる、神辺文化会館。
悪天候で客足がどうなるか心配していたものの、
開演前にはそれを裏切る、会場いっぱいのお客さまが来てくれた。
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夜公演ということもあり、高齢者の方には時間的に遅すぎる感じもあり。
公演アンケートには、「次回はお昼の公演で」という方もいた。

とはいえ、約2時間の〈昭和のうたコンサート〉本当に楽しんでいただいた。
土地柄ももちろんあるが、昼公演でもまたこの地でやってみたいですね。
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福山の皆さん、そのときまでお元気で。
また、お逢いしましょう。

アリタです。
ツアー2日目、歌旅座メンバー全員が福岡に集合。
本日の公演地・北九州市へ。
 
九州(門司)と本州(下関)を結ぶ、関門橋があるここ、
これまでも何度も通過してきたところであるが、
コンサートは去年に続き2回目となる。
 
北九州市はとても歴史のある街。
さかのぼるところ、1400年前。
現在の北九州市は、豊前国と筑前国に2分されていた地区であったが、
645年(大化元年)に門司の地名の由来となる、古代の九州を統治した
大宰府の第1関所「門司ガ関」がおかれ、防人が配置されたことでも有名な地区。
なんだか、社会科の授業で聞いたことがあるような。。
北海道の開拓史とは比べられない歴史感だ。
 
その後は、1894年の日清戦争後にその賠償金で建設・整備され、
2度の世界大戦でも重要な製鉄拠点となった、官営八幡製鐵所は有名ですね。
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今や世界遺産にもなり、明治~昭和にかけて栄華を誇ったが、
時代の光と影を見続けてきた土地柄だ。
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今日の会場は、そんな八幡東区にある、八幡ロイヤルホテル。
窓からは、製鉄所の一部跡地に建てられた遊園地・スペースワールドの景観。
一方、ちょっと外を歩くと、地元の商店街は、昭和から続く古き良き佇まい。
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ここで、仕込み前に頂いたのが、小倉名物のうどん。
九州のうどんには珍しく、真っ黒な濃い醤油ダシ。
牛ほほ肉の煮込みスープに、生ショウガ、唐辛子をたっぷりといれ、
思い出に残る、なんともエスニックな味でした。
ツアー先で、その街々の歴史や文化、そしてそこに住まう方の人柄にふれること。
これも、旅の醍醐味ですね。。
 
さあ、そんなノスタルジックも感じる北九州市での公演。
コンサート会場にご来場いただいたみなさんありがとうございました。
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歌旅座のGO WEST ツアーは始まったばかり。
九州は、これから佐賀~福岡~鹿児島と続きます。

また、お逢いしましょう✋
 

5月24日は、ヴァイオリン・高杉奈梨子の誕生日。
 
歌旅座結成の2009年の今日、NARIKOはタイ・バンコクにいた。
アジア13ヵ国の代表歌手が終結する<タイ国王記念コンサート>
に日本代表シンガーとして参加したJUNCOとNARIKO。
タイで迎えた30歳のバースデイは、翌日のフランス大使館のホールで
<ニッポン全国市町村公演>番外編・バンコク公演を終え、
屋台で食事のあとに、現地ならではの「バターケーキ」でお祝いしたそうだ。
 そのときの写真がこちら↓
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ケバい。
2人とも現地のメイクさんにかなり気合いを入れて仕上げられている。
でも初々しいですねー。
 
あれから8年。
陽春の東北ツアーから戻り、
歌旅座のホームとなる、札幌・円山夜想マルヤマノクターンで
NARIKO生誕メモリアル・ライブが行われた。
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会場には、これまで応援してくれているお客様が各地からご来場。
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この日のために用意された、ワイン好きなNARIKOの当日限定・
オリジナルワイン『奈梨子の涙』(赤・白)
一体お味の方はいかがだったんでしょう!?
 
日本全国に歌の旅を続け、その間もいろいろなことがありながら、
ステージをこなし、レパートリーも増えた。
そんな曲たちを今回のバースデイ・ライブでは披露。
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JUNCO、CHIE、北埜うさぎも祝福の参加。
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最後は、ザ・サーモンズの面々も加わり、会場の皆さんとHAPPY BIRTHDAY♪
円山夜想の本間ケンジ店長から、サプライズケーキがステージに運ばれ、
終始、あたたかい空気が流れた1日だった。
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一年に一度、これまでの人生を振り返り、そしてこれから迎える
新たな一年と未来のことを想う、誕生日。
NARIKOもきっとこの日が忘れられない思い出となり、
これからの新たな自分にワクワクと出会う1年であってもらいたい。
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マルヤマノクターンにご来場いただいた皆さん、ありがとうございました。
そしてNARIKO、誕生日、おめでとちゃんでした!

5月のツアーが始まりました。こんにちは。アリタです。
今月は道南地区から津軽海峡フェリーで東北に渡る歌の旅。
初日は、日本一の清流・後志利別川が流れ、
上質な男爵イモの産地で有名な今金町 に向かいました。
途中、我らの愛車のワゴン車・通称:アルフィー号の前輪タイヤが
パンクしていることが判明。
長万部町のGSで応急処置をすることに。
写真は、途方にくれる時間、海を見つめるJUNCO。
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〈写真:Photographer TAKA〉
旅にはこんなアクシデントもつきもの。
晴天の春日和、澄んだ空気がそんなことなど吹っ飛ばします。

ここ今金町、歌旅座は2010年からほぼ毎年公演に訪れていて、
BOSSが幼少期を過ごしたところでもある、縁(えにし)の町。
会場の東部ふれあいホールに到着すると、栗城社長はじめ、
スタッフの皆さんがいつもながらの笑顔で迎え入れてくれました。
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こだわりの会場設備もさることながら、裏手に広がる芝生
のバーベキュースペース、水車、展望台、来るたびに進化
していて、栗城社長の遊びゴコロを感じます。
雪の残る、遊楽部(ユーラップ)岳も遠くには望めるこの景色。

フルメンバーでの公演は2014年6月以来、3年ぶり。
思い起こせば、ザ・サーモンズとしての初舞台は、
この会場でしたそのときの様子がこちら⬇
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おろしたてのピンクのシャツを来た、雄ジャケ4匹。
音響担当のダルがキレキレで踊っていた時代。
そして、本日のステージ。
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JUNCO、ナリコと共にチエが加わったザ・サーモンズも
きっと進化しているハズ!
会場は暖かい雰囲気の中、最上級に盛り上がり、幕を閉じました。

舞台撤収後は、公演会場が懇親会に!
お手伝いいただきました、ホテル今金のスタッフの皆さま、
関係者の皆様、ありがとうございました。
また、いつか。。
というより、次の今金公演にもみんな笑顔で再会できることを約束して。
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皆さん、またお会いしましょう!

昭和43年4月25日、小樽市で生まれた、私アリタ。
40年代生まれは、おそらく「昭和」という時代の匂い、空気をまだ
感じられる世代であったと思う。
そんな「昭和」を、49歳を迎える今日、思い出してみる。 

当時の小樽は、「北のウォール街」の異名で栄えた大正から昭和にかけて
の頃に比べると衰えていたと思うが、まだまだ活気のある街だった。
育ったのは、小樽市の繁華街・花園という町。
週末の夜になると、家からすぐ傍の「花園銀座商店街」(現花ぎん通り)は
その道筋、小径に、星の数ほどある、スナックやバー、居酒屋など、
いわゆる<夜のお店>の客待ちをするタクシーで渋滞が続き、
眠らない街といってもいいほどだった。
家の前を通る「潮まつり」の練込みパレードや、露店が並ぶ「水天宮神社祭」
なども今よりダンゼン規模が大きく、ワクワクしたものだ。

家は、利尻島生まれの祖母が、昭和2年に開業した髪結い(美容室)
の2階が住まい。
お店のお客さんは、ご近所さん、毎日髪を結いに来てくれるスナックの
ママさん、芸者の御姐さん(すでに年配ではあったが)、時には北海道
巡業中のお相撲さんなども来てて、とても個性的な人たちが多く、
私や弟はそんな方々に遊んで貰ったり、道でよく声をかけられた。
結婚式も今よりも多くて盛大、母は結婚式の支度で式場を駆け回る。
そんなときは、弟と2人でホテルの支度部屋にご飯を食べに行ったり、
親父が近所の中華屋さんに連れて行ってくれる、楽しみな時間でもあった。

祖母に弟子入りした、母、その妹である叔母も美容師で、
小学校低学年くらいまでは、北海道の各地から、美容学校を出てすぐに
ウチに来て、住込みで働く美容師のお姉さんたちが同居していた。
時には母親代わりに幼稚園や小学校の行事にも来てくれた。
食卓はいつも2つの大きなテーブルを囲み、「昭和の大家族」さながら
の賑やかさ。

そんなお姉さんたちの楽しみのひとつが居間で一緒に見る、
テレビの歌謡ショー。
皆んなお目当ての歌手がいて、沢田研二、郷ひろみ、西城秀樹など
ブラウン管テレビに写し出されると、競ってキャーキャー黄色い声を
あげていた。
朝から遅くまで働き、テレビのエンタメが「憩いの時」となっていた。

ちょうど「核家族」という言葉がよく出てきた時代。
そのころは、友だちのウチのように家族だけの生活というのも羨ましく
も思えたが、いま思うと皆んな「不便」はありながら、いつもイキイキ
としていた生活がそこにあったと思う。

歌旅座の活動を始め、北海道各地を訪れる。
幼少当時は聞き慣れず、遠いところの印象しかなかった、
稚内、八雲、北檜山、妹背牛、静内など、同居していたお姉さん達
の出身地にいくとそんなことを思い出していた。

「昭和の歌コンサート」の幕開け映像にもある、
苦しいときも、哀しいときもあったが、輝いていた頃。
世代、環境で人それぞれの「昭和」感があるものの、あの頃のお姉さん達
のように、会場に来てくれたお客さんには、
ひとときの「昭和の憩いの時」を思い出し、過ごせて貰えたら、
嬉しい限り。

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写真は、まだ私が生まれる前、昭和30年代のアリタ生家とハタチ前後の生前の母。
店は今、弟が継いでいる。
「パーマネント」の看板と「BEAUTY PARLOR」の文字。笑えるが昭和っぽい。
「お客様をキレイに送り出し、また来て貰える喜び」
という祖母や母の言葉をアラフィフにして思い興す、アリタでした。

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