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「時には昔の話を」特設ショップ
#2020 明日

北海道歌旅座コンサートスケジュール


カテゴリ : ダル

時は1970年代初頭。
子供たち誰もが口ずさんだ人気の歌がありました。
昭和を代表する赤塚不二夫のアニメ「天才バカボン」や、
ヒーロー番組「ウルトラマン・エース」の中にも登場するほど。
そして現在も販売されているロングセラー商品の殺虫剤「キンチョール」。 
当時のテレビCMソングだったのが、この曲。
平田隆夫とセルスターズの『ハチのムサシは死んだのさ』。
他に選択肢がないピッタリなタイトル、この年72年には紅白歌合戦にも登場し
老若男女に知れ渡ったに違いありません。

キャッチーなメロディに、ある意味分かりやすい直球な歌詞。
子供の頃にテレビで見た光景を想いだす方もいらっしゃると思います。

初めて知ったのは歌旅座のレパートリーに追加された時でした。
聴いた印象はその歌詞とメロディのギャップでコミカルな曲なんだと。
しかしその軽快な雰囲気とは裏腹に違う意味があるというを知りました。
何を歌ったものなのか…
ハチのムサシは『学生運動家』お日様は『巨大な権力』。
自由と夢を掲げた学生が国という大きな権力に焼かれてしまうという
当時の学生運動の挫折を映し出しているとの声も。

この曲を歌旅座流にアレンジして、平成「昭和ノスタルジア」版として復活。
オリジナルのダンスの振り付けはJUNCOが担当。
私ダルはこの頃、サーモンズの前身「昭和みちくさファイブ」の1人として
ステージで踊っていました。ダルだけに汗ダルマだった日々、思い出すなァ~。
コンサートでは第1部のメドレー中盤にあり1番ハードな振り付けで我らの体力の鬼門的1曲。
ちなみに奈梨子さんもバイオリンを置き、手をぶるんぶるん一緒に踊っていた珍しい曲でもありました。
会場は手作りのハチの羽をつけ一緒に踊るコアなお客様も現れるエキサイティングな
空間となりました。

それではステージ映像で使われていた人気曲「はちのムサシは死んだのさ」。
CDの特典DVDとして収録されている動画をどうぞ!

 恥ずかしながらこの映像で踊っている、太っちょムサシ。ボクです、、、
 撮影時は振りを間違えては、カメラアングルを変え、
何テイクも踊っているうちに足もつるし、汗でゴーグルが曇って視界ゼロ。
しかし撮影を終えてみると、無事に終わったという爽快感と達成感がいっぱいだったこと
は忘れられません。

当初は太郎さんがこの衣装を着て客席から登場する演出が一時ありましたが、
突然の出来事にお客さんが戸惑い誰も直視しない、という事態に陥りやむなく
お蔵入りとなりました。
その後はこの衣装を着てステージで踊った事も。
今ではさらなる激太りのため衣装が着れなくなりましたが、どこかで登場することがあるかも⁉です。

2015年の東京・渋谷公会堂での公演の際は、なんと本家本元「平田隆夫とセルスターズ」
のボーカル&ギターの菊谷英二さんが来場してくれるというサプライズが。
帰りのロビーで「ハチのムサシ見に来たけど、良かったよ~」とお声をかけてくれました。
残念ながら、今年4月訃報をニュースで知りました。
この場をかりて、ご冥福をお祈り致します。

ボクにとっても色々な意味で「昭和ノスタルジア」代表曲の「ハチのムサシ~」。
これからも大切な1曲として心の中にずっと。。。


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全国共通コンサート入場券
3月27日までのご支援枚数: 925枚

ご注文のお電話が励ましの言葉と一緒に毎日届いております。
ありがとうございます。
「いつつ~いつでもどこでも意地をはり それが強さと信じてた」

東北地区営業担当の私が紹介したいのは岩手県遠野市
ここは遠野物語やカッパ伝説でご存知の方も多いところ。
不肖私がみちくさファイブの一員としてステージに上がっていた頃、
トレードマークの色は緑、頭はオカッパ、苗字が川辺ということから
「川辺のカッパ」と呼ばれたこともありました。
カッパには親しみもあり、前から来たかったところの一つでした。
まちにはこんなところもあるんですよ。
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カッパ淵。*ここで河童をキュウリで捕獲すると懸賞金一千万円。

さてさて話はそれてしまいましたが、
公演営業で初めてコンタクトをするとき、全く受け入れて
もらえないことも多々あるのですが、ここ遠野市は違っていました。
電話で話を聞いてくれた担当者の方が後日面会してくれることに。
会館に着くやいなや「わざわざ、よく遠野まで来てくださって!」
と、ウェルカムモードで迎え入れてくださったのが奥寺悠子さん
とても明るい、元気印の女性。
ここまで受け入れてくれるのは、ひょっとしてオイラがカッパに似てたから⁉

遠野市にも昔はアイヌ民族がいて、名物は<ジンギスカン>という
北海道との共通点があることなど話しが盛り上がりついつい長居してしまった
出会いを覚えています。
その後近くの公演にも足を運んでくださり、そこで演奏した『重ね日』に
とても感動されていました。遠野でもJUNCOの『重ね日』がぜひ聴きたいと。

そして開催を決めてくださったのは初めての町では珍しく遠野2DAYS。
初日はオリジナル曲『ハルニレの詩』をまちの有志の方々と合唱する
というJUNCOのワークショップ。
2日目はコンサートで前日の合唱団と一緒に共演する場面ありの歌旅座色
の濃い企画をしてくれました。

公演が決定すると舞台技術の方と打ち合わせをしますが、
奥寺さんから紹介頂いたのが北湯口さん(通称:キタさん)
電話だけのやりとりでの印象は怖そうなおじさん。
口数少ない無愛想な感じかなと思ってました。
実際にお会いしてみても、見た目は強面な感じ。
(キタさん、ごめんなさい…)

しかし、そんなイメージは次の瞬間吹っ飛びました。
ワークショップの時にJUNCOの振り付けをこっそりながら真剣に
練習しているキタさんを舞台袖で目撃。
おまけに翌日のコンサート本番では一緒に口ずさみ、涙を流していたとかいないとか。
実は歌旅座のこと、JUNCOの歌を、とても真っ直ぐに受け止めてくださっていた
優しい人だったのです。お酒を一緒に飲むとこれまたすごく気さくな方。

こんなエピソードも。
舞台関係の研修会で来札されるとキタさんから連絡が。
我らのアジト『円山夜想(マルヤマノクターン)』に来てくださった時は、
「JUNCOに会うのが本当の目的だから」と言っていたらしいのですが
なんと、それが現実になってしまったのです。
その日の未明、北海道胆振東部地震が起こり翌日の研修会は中止に。
初の北海道は本当にお酒を呑んだだけで帰られたようでした。
キタさんにとってはホロ苦い思い出になったかもしれません。

名物だという遠野のジンギスカンは、2度目の公演後の打上げで食べさせて
もらいましたが実は生ラムジンギスカン。美味しかった~
ここ北海道にもまもなくジンギスカンの季節がやってきます。
いつでもどこでも意地(食意地)をはりますが、遠野も旨いがジンギスカンは
やっぱり北海道が最高!
決まり文句ながら、
「奥寺さん、キタさん。我ら屋上ジンギスカンへもいつか必ず!!」
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左:奥寺さん 右:北湯口さん
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朝夜はまだまだ冷え込んでいる北海道。
出発の際には、無事にエンジンがかかるよう祈りながら
トラックのキーを回しております。

向かったのは、今回で5回目の公演となる滝川市の興禅寺さん。
個人的に1番思い出深いのは、2013年に初めて訪れた際、
朝の仕込みからテレビ局の密着取材が入り、
後日に歌旅座の特集コーナーが放送された事でしょうか。
 
他にも、タイ王国からたくさんのお客様が
興禅寺さんにいらした事もありました。
本場の伝統舞踊タイダンスを披露してくれた後に、
タイで撮影した『ASIAN PARADISE』『海に出よう』の
ミュージックビデオ上映会&ミニライブも開催して頂いてました。

そして今回はJUNCOと奈梨子、時々チエ参加、
という歌旅座3姉妹のステージでした。 
オリジナル曲と昭和の名曲達を織り交ぜ、
更には新レパートリーまで入った
濃厚な内容でお届けしました。
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その中でも奈梨子さんの演奏する曲
『パリは燃えているか』という曲があります。
NHKスペシャル『映像の世紀』という
番組のテーマ曲で、作曲は加古隆さん。
映像発明100周年記念で制作され、
映像が残されている歴史上の出来事などを
特集したドキュメンタリー番組で、
その場面により様々なアレンジをされた
この曲が使用されています。

この番組をツアー中にBOSSが
「歴史の勉強だから見よ」というのがきっかけで
しばらくはツアーの移動中や空き時間に見続けていました。
どれくらい内容が記憶に残っているかは別として…
この曲のメロディはとても印象深く耳に残っていました。

そんな思い入れもあり、
自分もこの曲を生で聴くのが最近の楽しみ。
メドレーで2バージョン演奏してますので、
番組を見てから聴くと更に楽しめますよ。
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たぶん興禅寺さんでは、ほとんどの演目を
開催していただいていますが、
いつも快く受け入れてくださる芳村ご住職と、
とても明るい奥様、ありがとうございます。

興禅寺に集まるお客様に
次回は何をお届けできるのか楽しみ。
またお会いしましょう!
 
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いよいよ始まります、近畿・四国コンサートツアー。
歌旅座にとって、2020年最初の公演です。
何度か訪れた友の街や初めての街。
どんな出会いがあるのか、訪れるほどに楽しみが増えていきます。

先日の鼻の手術ですが、出発の日の朝は退院後初の検診でした。
やはりツアーに出るにはしっかりと整備していかなくては。
結果、術後の経過はバッチリ、呼吸スッキリ、
人生初の空気の通りに驚いております。 

しかしながら、脳に酸素が送られ頭の回転が速くなるのでは…
という期待は見事に裏切る結果となり、
「なんにも変わらないな」と言われてしまう始末。
それでも自分だけは気分爽快で出発、いざ航海へ!

久々のフェリー、今までに感じない潮風を
感じれるかとワクワクしながら出航しましたが、
なんか寒かったし、暗かったし、そそくさと就寝。

翌日のお昼。
窓から見えた空は青く波も穏やか。
「今がチャンス」と、デッキへと小走りするデブ独り。
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ん〜潮風が鼻孔に染みるぜぇ〜。
こんな経験、生まれて初めてだ。
海とはこんな香りがするんだ。
もしかしたら、これからどんどん嗅覚も
頭も冴えてくるに違いない…なんて思っております。


では各会場でお会いできるのを楽しみにしております。
みんなの匂いを嗅いじゃうぞ。



 
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もう一昨年の暮れの話しですが、生まれて初めての入院&手術という経験をして
ブログにもその時の様子を書かせてもらいました。
前回のブログを読み直してみると、『病気のデパート』なのに次の手術を残して、
気がつけばあっという間に1年が過ぎていました。 

そして今、新年早々に2度目の手術を終え、病室からパソコンをポチポチしております。
今回治したのは鼻。
『鼻中隔』という鼻の真ん中の仕切りがS字に曲がっていて穴を狭くしているという症状。
やはりこれでは脳にちゃんと酸素が行き渡らないですよね?!
どうりで言われた事、聞いた事をすぐ忘れたり、物覚えが悪いと思ってたんです…
悪いのは俺じゃなくて、鼻だったんですねぇ〜。。。

今年から主治医が変わり、かなり不安なるくらい説明下手だし、ギリまでしない。
しかも当初は右の鼻と聞いていたのに、直前に両方の突貫工事と知る。
どれくらい直前かというと、手術室に入って眠らされる3分前くらい。
もう急すぎて「あ、そうなんですね」くらいしか言えないです。
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※説明下手な主治医が書いた俺の鼻の断面図

始まった手術は曲がった骨を削り真っ直ぐに、無駄に分厚くなった粘膜も切除し拡張。
約2時間半後に麻酔から覚め、無事生還。
その姿はパンパンにガーゼが詰められていて、完全に送られ人。
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※まだ朦朧としている術後すぐ。
カラーだと生々しいので、白黒に加工したら送られ感が増してしまいました…

口呼吸のみのこの状態で3日間。
完全に嗅覚がないとどうなるか知ってますか?
飲み物は全て無味の水と同じ、
食べ物も食感とかすかな五味を感じる程度で何を食べてるのか全然解らないんです。
調べてみると味覚とは80~90%が匂いで、舌で感じるのが20%以下なんですって。
なので逆に何でも食べれる気がしていました。

そして今日(10日)です。
待ちに待ったガーゼが取れる日がやってきました。
今まで感じた事のないくらいの空気の量が通って行くだろうと、
期待に胸を、いや、鼻を膨らませ診察台へ。
その結果…ジャーン!!

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 新たに綿を詰められました。。。
 
というのも、また診察台に上がるまで説明されずに知らなかったのですが、
実はガーゼを抜く今日が一番地獄の日だったのです。 

まず看護師さんが開口一言目に「痛み止め飲んでもらってなんだけど、絶対痛いから」と。
血で汚れないようにエプロンを掛けられ、吐血用のトレイとガーゼを持たされる。
この時点で前回の吐血して再手術した事がフラッシュバック!

右に6本、左に7本入っているらしい。
勝手な想像ではマジシャンが口から出す万国旗のようにスルスルと出てくるものだと…
でも実際は団子状態で半分固まってるのを鼻の中で無理矢理ひっぱり出していく。
それも素直に出る訳はなく、絡まって出てこなかったり、塊ごと引っ張ったり。
出せば出すほど鼻と口からは血、額からは汗、目からは涙が流れ、
全部終わった時には顔面中ベチョベチョでどこまで血で汚れたのか解らないぐらいだった。

一時的な止血はしたものの、完全に止まってはいないので流れないように
入り口だけ綿でツッペをしている状態。
結局退院までこのままらしい。

病室に戻ってから看護師さんが教えてくれました。
鼻の手術は、手術よりもガーゼを抜く時の方が大イベントで大変なんだと。
この治療法じゃなく、何か違う形で進歩しないと患者が可哀想だと思っていると。

それを聞いて自分も思いました…
なぜこの病院は全て誰も先に教えてくれない!!
いきなりすぎて覚悟とか気持ちの準備が出来んて!

脳にたっぷり酸素を送れるようになるものあと数日かかりそうです…。
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