北海道歌旅座コンサートスケジュール

歌旅座テレビ

カテゴリ : チエ

おはようございます。チエです。
藤井寺市といえば、かつて大阪近鉄バッファローズの本拠地だった
藤井寺球場がある場所として有名でした。昭和3年に建てられた後は、
プロ野球の公式戦はもちろんアマチュア野球や高校野球でも
多くのプレイヤーが汗を流して来た歴史ある場所だったそうです。
平成16年の秋に、近鉄球団とオリックス球団の合併があり
オリックスバッファロー
が誕生。
残念ながら大阪近鉄バファローズというチームはなくなり、
球場は
2006年に解体され姿を消してしまいました。
しかし、たくさんの人の心の中にこの場所の思い出は残っているはず。

さて、関西公演最終日の公演。
昨日の歌旅座ピンチ!ブログをご覧いただいた方はご存じのとおり
一座に風邪が蔓延しておりました。
全員がマスクを身につけ半分以上は他人に移すまい、
残りは
自分に移るまいと必死に予防。
元気だったのは、ダル君、司会太郎さんとBOSSの3人だけでした。
俺は大丈夫と自負していた有田さんでしたが、熱を計るとまさかの微熱…。
今までにない最悪のコンディション…。
しかしながら、ここは道産子の底力を発揮。
なんとか最終のステージも無事終えることができたのでした。
客席のみなさんの思い出を掘り起こすことが出来たのでは。
次回は最高のコンディションで、またきっとおじゃまします。
ご来場ありがとうございました。
関西ツアーを終え、一時北海道に帰ってきましたがすぐに九州公演が待っています。
しっかり休んで、元気に出発してきます !
IMG_5433

2017年も残すところあと5日となりましたね。
年神様を迎えるにはあまりにも汚い我が家でしたので、
先日1年の汚れをごっそりと払い落とし、いらないものを
捨てて、捨てて、捨てきりました。
パンパンになったゴミ袋の中の半数以上は着ることが
できなくなった衣類たち。
私も大きくなったなと一年の積み重ねを振り返るのでした。

この勢いに乗ってやってしまおうと気合を入れたのが倉庫の整理。
いつもダル氏が「倉庫番日誌」なるものをブログで紹介しています。
ダル氏のきめ細かな気づきや、誇らしげな機材への愛をかもし出して
おりますが、いつも周りにせっつかれてから重い腰を上げているのは
ここだけのはなし…
その点、綺麗好きな私は自ら率先して倉庫を片付けます 。
うふふふっ♪

コンサートを創り上げるとき、音響、照明などの機材たちが要となりますが
その傍らで欠かすことのできないのは物販や衣装です。
これまで発売してきた数々のCD、衣装。
その歴史がここには残っています。
歌旅を始める前のJUNCOさんのCDや、CHEEPさんのCD
エッセイと写真集、スコア付きのブック。カラオケDVDまで!?
ダル氏が着ていたハチの衣装や、私のセーラー服など…。
ひとつひとつ手に取り、もうすぐ10年目を迎えようとしている歌旅の
濃ゆ~い物語を思い浮かべると、胸が熱くなります。

そうして感慨に浸りながら大切な品々をきれいに並べ直していると、
ひょっこり現れ足にすり寄ってくるクロ。
実は同じ年に歌旅座に入った同期のクロ。
「どこか通じるものがあるんだな」と思ったのも束の間
ただお腹がへり、エサをおねだりしているだけなのでした。

さて、明日はいよいよJUNCOの歌い納めコンサートですが、
同時に司会太郎の司会納めでもあります !
朝8時。ブログには太郎さんが登場しますよ。どうぞお楽しみに。
25659779_1561145710667169_1075430934949507870_n






人は誰でも 『会ったことのない親戚のおじさん』がいる。
と思うのですが、わたくしチエにも そんなおじさんがいました。
おじさんが住んでいるのは別海町尾岱沼。読めますか?『おだいとう』です。
母方のおじが別海にいて、2年前の道東ツアーで、母がこっそり
「娘のコンサートを観に行ってくれ」と連絡してくれて足を運んでくれたのが
キッカケで出会いました。
旅をしていなかったら もしかしたら一生会わずにいた人かも
しれません。
こうやって 繋がっていけるのも歌旅のイイところだなぁ。

『おじさんが暮らす尾岱沼でコンサートがしたいっ!』と思って
しまった私。
連絡を繰り返していくと、おじさんの人柄や想いが少しずつ
伝わるようになってくる。 
元々漁師のだったおじが 音楽コンサートを開催する
というのは全くの畑違いで 本当に大変な思いをしたと思う。
それでも愛情たっぷりで 一座を迎えてくれた。
野付のシマエビとホタテとホッキの刺身と共に♪
胃袋にその愛情をしまい込んで挑んだ、初の尾岱沼公演。
コンサートの後「良かったよ」と言ってくれたおじさんの笑顔
何度でも見たいなと思いました。
だからまた来年も行きます。

いやぁ~しかし、美味しかったなぁ。
24232638_1533638410084566_7481631395352308534_n

札幌から東に向かって車を1時間ほど走らせた場所にある安平町は
10年ほど前に早来町と追分町が合併して誕生した町です。
追分町は明治の頃、室蘭本線 と夕張線分岐点であることからその名がついたそうです。
早来町と合併する前は追分町というひとつの町でした。
その追分中学校が今年開校70周年を迎え記念式典が開催されました。
学校の体育館には全校生徒70名のほか、先生方、町長や議長、
歴代の校長先生や卒業生などたくさんの方々が参列されました。
祝い事の大好きな歌旅座もそこに花を添えるべく「昭和のうたコンサート」を
お届けしてきましたよ。
スクリーンには昭和時代の学校の写真を写し、中島みゆきの「時代」に合わせて
その歩みを辿りました。
写真を選ぶ際「この写真は必ず使って欲しい」というリクエストを受けました。
それは昭和43年、校舎が全焼するという大惨事に見舞われた時の写真でした。
生徒、教師、地域が一丸となり、翌年には新校舎が建てられ、その後長い年月をかけて
その苦難を乗り越えたといいます。
会場にはその歩みを真剣に見つめる現在の生徒さん達の姿が見えました。

昭和のうただけでなく「ハルニレの詩」「北の暦」「ケ・サラ
など、故郷をテーマにした曲も披露しました。
これから社会に飛び立っていく彼らへの応援歌となることを、そして故郷を思う方々の
心に届いていることを願います。
P1340863

長かった秋のツアーが無事に千秋楽を迎えた。
31日間の旅で25公演。
これまでで最長だったが、年明けにはさらに長く続く旅を
予定している。

日程チラシを見たお客さんや、会館の担当者の方から
「予定がびっしり。すごいですね。」とよく声をかけられる。
私自身は、振り返れば長かったが、一日一日の積み重ね。すごいと思ったことはなく
あっという間に時間がすぎてしまったというのが正直なところ。


しかし、あえて挙げるならば、JUNCOさんのパワーはすごかった。
これまでも私の中ですごいと思う逸話はたくさんあった。
コンサートの前日、思い切り酒を飲み、翌朝土偶のような顔で会場に向かっても
本番前にはあの大きな目をギラリとさせてステージに立っていた。
咳が止まらず歌えるのかという状態の時もあったが、不思議なことに本番中だけは
ぴたりととまった。
その咳が数日間続き、気が付くとあばら骨が折れていたこともあったが
そんなこと周りにはみじんも感じさせないパワフルな歌声を会場に響かせた。

気づいている方もいると思うが、今回の連続公演は9月13日の円山夜想ライブから始まっていた。
更に本番をこなすだけでなく、他のメンバーと一緒に仕込みと撤収作業もこなしているのだ。
頭に手ぬぐい、首に照明をつなぐケーブルをかけながら作業をする姿は舞台職人。
自他ともに認めるガテン系シンガーだ。そして苦しい時こそ更なる底力を発揮する。
約1ヶ月間、声を枯らすことなく歌い切ったJUNCOさんを心から尊敬する。

10月14日。今回のツアー最終日は小浜市を訪れた。
NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」の舞台となり一躍有名になった街だ。
会場となった小浜市文化会館では立派なポスターをどんと飾ってくれていた。
22448481_1474750859306655_4938826927392043546_n
客席にはたくさんの人生の先輩方が幕開けを待っていてくれた。
一曲終わるごとに大きくなる拍手。それに応えるようにパワーを増していくJUNCOさんの歌声。
舞台袖で鳥肌が立った。
「生きているうちにまた会いたい」
今回のツアーでJUNCOさんの手を握りながら、ものすごくリアルな言葉で感動を伝えてくれた方が
何人もいた。
またきっと帰って来ようと思える町にたくさん出会えた旅だった。
ツアーは一旦終わったものの、旅はすぐに始まる。
久しぶりの北海道公演、さらに力強くなったJUNCOさんの歌声が
大地に響き渡ることでしょう。
どうぞお楽しみに。

このページのトップヘ



© DMJ, INC. ALL RIGHTS RESERVED.