北海道歌旅座コンサートスケジュール

歌旅座テレビ

カテゴリ : 司会太郎

ごきげんいかがですか。
司会太郎です。


はじめて訪れる南会津町は山々に囲まれた町。
前日までの雨は上がり、穏やかな風が吹く、
すごしやすい1日となりました。


会場は御蔵入交流館
ご担当のお気遣いが感じられて
舞台裏の整理も行き届いた気持ちの良いホールでした。
陽だまりで休憩をとりながら舞台の準備は進み、
やがて公演がはじまります。

ぶっちゃけ、冒頭は静かなんです、お客様は。
南会津のみなさん、恥ずかしがり屋とは聞いていました。
でも、第2部に突入した頃にはふつふつと沸いてきて...。
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次第に客席のあちらこちらで
ほころぶ笑顔。
朗らかな歌声。
あたたかい拍手と声援。
キャッキャッと反応してくれたご婦人たちや、
子供さんと盛り上がってくれたご家族連れ。
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結局は、北海道歌旅座がまた訪れたい街のひとつに加わりました。
みなさま、また行きますよ。ご来場ありがとうございました。
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蛇足です。
終演後、宿舎に戻って反省会の開催。
中座して、ゴキゲンな気分でちょっと用を足していたら、
あっしのスマートフォンがどっぷんと深く潜行してしまいました。
悲鳴、嗚咽、機能停止。

これで生涯、南会津を深く記憶することができた、と。こう思うワケです。
決して忘れることはできません。




とにかく、ごきげんよう。


ごきげんいかがですか。
司会太郎です。


この5月10日、司会太郎は50周年を迎えました。
端的に言えば50歳。
 
自分の生誕日を祝ってもらうのが照れくさい性分なので
いつもなら人知れぬ森の中でひっそりと時間を過ごすのですが、
9日からはじまった公演ツアーの初日が今金町。
何度も訪れたこの地だったら良い想い出となるでしょう。

ゆえに、節目の数字を迎えた自身の記念と、
皆様へのネタ提供という意味を込め、
この記事を僭越ながら加えさせていただく次第。
 

50周年といえども、数多の先輩たちがすでにたどっているので
青二才の私が生意気なことは申しません。
ただ、自身の年齢を意識した数日前にある人物を思い出しました。
 
英国のロックバンド、ザ・ローリング・ストーンズというのはご存知ですか。
彼らは数年前に結成50周年を迎えました。
50周年ですよ。当然ながらメンバー交代もありました。
でも同じ看板で50年もつづけてきたことがすごい。 
ソニーやマクドナルドのように、すでにブランド化しています。
 
しかもメンバーのミック・ジャガーという人は現在73歳で
世界中の大きな舞台で跳んだりはねたりしながら歌っているのです。
歌旅座の後援会長が30人の観衆の前でカラオケを2時間歌うのとは
かなり意味合いが違うんです。彼らの会場は3万人収容クラスなんです。
さらに驚くべきは、彼は昨年に8人目の子供のお父さんとなったこと。
73歳でベイビー誕生ですよ。どーですか。
人間ここまでやれるんですね。許されるんですね。

五十路になったとき真っ先に浮かんだのは、
なぜか彼のことでした。



過日のブログ「シリーズ昭和:お茶の間があった頃」
司会太郎の神童ぶりがわかる2歳のときの映像や
最近の齢の重ね具合まで記述しました。
 
ここでは、今金町で五十路、50周年の前夜から日付が変わるまでの司会太郎、
その時の流れを写真にまとめてみました。はじめての「自撮り」というヤツ。
ある日の備忘録としてお受けとめください。



◯5月9日|時間22:39
 今金公演終了後、主催者様やご協力者様との交流会。
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◯同日|23:33
 交流会、終了直後。
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 すでにゴキゲン。JUNCOもゴキゲン。




◯同日|23:34
 上の写真の1分後。みんな、やはりゴキゲン。
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◯同日|23:59
 ホテルへ移動、入室。
 1分後に日付が変わって50歳になる。
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 しかし、そんな気配は感じられない。
 アリタとダルがあまりにも自然体だ。
 


◯5月10日|00:05
 本日の反省会。
 日付はすでに変わっている。
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 別にサプライズパーティーやケーキを期待しているワケではない。
 あまりにも普通過ぎて、拍子抜けしているだけだ。
 これが50周年というものなのかもしれない。



◯同日|02:06
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 おひらき。 






さて、それでは普通の朝を迎えて
次の公演地に赴くことにいたします。


お互いに健康に留意して暮らしてまいりましょう。
司会太郎も70歳になってもドタバタと舞台を這いずり回って
六つ子のベイビーを育てる勢いの体力を蓄積して
これからもビューティフル・ヒューマン・ライフを送る所存です。


ごきげんよう。

 

ごきげんいかがですか。
司会太郎です。


5月、大型連休の到来。
札幌ではつい数日前に桜の開花宣言がなされ、
ここ北海道にも本格的な春が到来しました。
でも、吹く風はまだまだ冷たいのですが。



歌旅座テレビの6本目、5月の歌「エイジアン・パラダイス」
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作詞はむねさとるさんと作曲も兼ねる杉真理さん。

先月の「海に出よう」と同様、JUNCOと写真家・飯塚達央による
DVD付き写真集『エイジアン・パラダイス』からの1曲。
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(歌旅座オンラインショップで大好評発売中)


タイの孤児院で健気に生きる子供たちとJUNCOのふれあいも映像のなかで、
そして写真集のなかでもご覧いただけます。


風が冷たくても、このミュージックビデオを観て、
さらには写真集のページをめくれば、
このゴールデンウイークは心だけでも温暖な楽園へ旅立てるかも。
自宅にいながら気分だけでも、ね。



それでは、ごきげんよう。

ごきげんいかがですか。
司会太郎です。

昭和42 (1967)年生まれ。
今度、50歳になります。
いいじゃないか。

髪が細くなり、白髪が増えました。
いいじゃないか。

独り暮らしです。
もう、うらやましいでしょう。

こんな司会太郎、幼少時からテレビ好きでした。
ブラウン管の画像を一瞥するだけで
どこのテレビ局からの電波であるかを判別できたし、
新聞もテレビ・ラジオ面だけ読んで
何曜日の何時に何の番組が放送されるか記憶していました。
ヒジョーにつまらない子供の自慢ですが。

保育園や幼稚園の類には通っていませんでした。
現在も同様に行きたくても叶わないご家庭があるようですが、
当時は昭和41年が「丙午 (ひのえうま)」の迷信で出生率は低く、
翌年には反動のように子供が多かったのでしょう、
入園できずにはじき出されてしまって、
いっしょに遊ぶ「同僚」が昼間不在で太郎は孤独。
これにより、さらにテレビジョンにのめり込むようになりました。

だから、朝の奥様向けワイドショーからお昼の奥様向け情報番組は無論、
次から次へとアニメやドラマやドキュメンタリーやクイズ番組を
口をぽかんと開けながら洗脳されるように観まくりました。
そんな幼少期が今日の司会太郎を構成しているのです。

ここまでにこのような文章を書いていて、
自分が気持ち悪くなってきました。


さて、その頃には「お茶の間」というものがあった。

折りたたみ式のテーブルを囲んで床に座って食事し、
四つ脚のテレビジョン受像器を全員で凝視して
毛糸のカバーが施された魔法瓶でお湯を注ぎ、
ご飯茶碗を湯飲み代わりにお茶を飲む。茶碗だからね。
もちろん家族の会話が飛び交って。
父親が昭和45年の大阪万博や昭和47年に日本公開された
映画「ゴッドファーザー」を観に行くのを
いってらっしゃいと送り出したことも記憶にある。
それらもお茶の間の出来事。
そう、これが昭和、日本の茶の間なのだ。

いつしか茶の間はカラーテレビになり、父親は自分だけの
14インチ白黒テレビを独占してチャンネル争いは緩和された。
ソファーが導入されて育ち盛りはだんだん茶の間が窮屈になってきて
実家から離れて自炊暮らしをはじめ、アルコールを味わう訓練を重ね、
ススキノの道端に染みつくようになったのだが。


そして現在。
自宅には和室があり、茶の間を自分なりに模している。
和室って、いいですね。
いろんな姿勢でいられて、転がることもできる。
ベッドで寝付くより茶の間でウダウダしていることが多いぐらい。

テレビも和洋問わず昭和ドラマの再放送や映画が
小さな携帯装置で観られる時代ではありますが、
やはり畳の上でテレビジョン様に対峙して鑑賞する、てえのが
いちばん落ち着くのであります。

つまりは、自分にとっての昭和は、
お茶の間でのさまざまな出来事と
当時のテレビで吸収した文化や知識が
今となって振り返ると昭和そのもの、
ということなのだろう。




では、写真を。
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親元を離れ、自炊生活をはじめた高校生の修学旅行。
あこがれの「太陽の塔」が自分にとって凄まじく昭和だった。
写真の本人は、そう見えないかもしれないが感動ちゅー。
いつか公演で関西行ったら、この写真の再現をしようと思う。


そして。
このブログ記事を書いていて思い出したのですが
プライベート映像を用意してみました。
8ミリカメラのフィルムを実家で発見して、
2007年にデジタル化し家族や親戚に配布したものを少々修正したもの。
昭和の香りを存分に感じてもらえるでしょう。
(音楽が出るので再生時はお気をつけください)




父母、姉に弟、祖父祖母に親戚と、なぜか総出演。
撮影地:北海道日高町(旧・門別町)の教員住宅=司会太郎の生家、
同町富川地区の祖父母宅、です。

司会太郎はどこかな。




それでは、ごきげんよう。


 

ごきげんいかがですか。
司会太郎です。

現在、四国に滞在ちゅー。
居残りで次回のコンサートツアーのご提案で四県をまわっています。

四国公演が終わった翌日から春の嵐に見舞われた西日本、
その夜が明けた新しい朝には、清々しい青空がつづいています。

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提案書を携えて関係各所にお伺いするわけですが、
その時点で、
「ワタクシ、司会太郎と、あ、申します」
とは言わないようにしています。
とっても照れ臭いからです。臭いのです。
ご提案をシリコンバレーの起業家のごとく
説明いたすことにしています。


ところが、後日に歌旅座のホームページや映像をご覧になって、
あるいは実際に公演をおこなった後に、
「あなた、司会さんだったの?」
と尋ねられることもあります。これが驚きます。
関係各所のご担当者も驚きます。
両者、一斉に驚くワケです。
その直後、Super Very照れます。



以上のことから、四国をはじめとする
全国関係各所のみなさま、
ワタクシが訪問しても司会太郎であることは
内心だけに留めてください。
または、ワタクシが姿を消した後に
自由な議論を同僚のみなさまでおこなってください。


それでは、居残り佐平次ならぬ、
居残り恥の上塗り営業を四国でつづけます。
次はどこの街かな。待っててくださんし。


ごきげんよう。
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