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#2020 明日

北海道歌旅座コンサートスケジュール


カテゴリ : 司会太郎

ごきげんいかがですか。
司会太郎です。
お久しぶりですね。

コロナッチョの束縛から
なんとなく解放された気分でいます。
みなさんはどんな塩梅でしょうか。

各報道はウイルスに関するもの以外に、
議員夫婦大逮捕、北朝鮮大爆破、一国二制度大混乱、
黒人生命大切、奇天烈米国大統領などが目立ってきました。

これらのニュースの中でもとくに気になったのが
「黒人生命大切(Black Lives Matter)」。

奴隷制度に加担したかつての英雄の銅像への風当たりはご周知のとおりで、
名作とされている過去の映画や現在放送中の刑事ドラマでさえも
黒人の扱い方がなっとらんと、関係者が対応にあたふたしていたり。
今回ばかりは、米国民、本気(マジ)だなと思う次第。
奇天烈大統領がこれまた火に油を注ぐ言動をしちまうから、
米国では人民革命が起きるんじゃないかと心配。本気(マジ)で。

ここ日本では無関係にも思えるこの問題、実は司会太郎、
かつて黒人紳士と仕事をしたことを思い出したのでした。


2003年、北海道歌旅座がまだ誕生していないころ。
ドイツのフランクフルト市で、音楽に関する
国際見本市が開催されました。
我がBOSSとあっしは、音楽に関する情報収集と
自前の作品の拡販を使命とした活動をおこなうために、
その地に降り立ったのでした。
見本市会場
これが見本市会場。奥の高いビルはホテル。日付は「2003年3月5日」ですと。


行く前に不安だったのが、言語。
あっしはイタリア語・スペイン語・英語に堪能なワケですが、
ドイツ語はちょっと不安。
なので、ツテをたどって通訳兼協力者を現地で見つけました。
それが彼、ヤハヤ氏
052
左がヤハヤ氏。右は生涯最高体重を記録し、チョビ髭を蓄えた頃のあっし。

出身はアフリカのナイジェリア。
ドイツとフランスで建築技術と土木工学に加えて応用言語学を学び、
ドイツ語・フランス語・英語・アラビア語を流暢に話し、
2003年当時はフランクフルト大学で教鞭をとっていて......。
つまりは、メチャクチャに優秀な人。

初対面かつ天地左右もわからないあっしらを
あまりにも親切にガイドしてくれ、しかも自ら積極的に
セールスに精を出してくれて。頼りになる相棒でした。
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懸命に仕事をこなすヤハヤ氏。実に頼もしい。

ホテルの朝食に出る硬いパンのサンドイッチを
昼食用に持参するのですが、ヤハヤに手渡すと
覚えたての日本語で「オイシイヨ」と食べてくれました
(BOSSは、口内炎まみれになる危険な食物だとして、
 その硬いサンドイッチを忌み嫌っていました)。

見本市の会期が終わり、みんなでドイツ国内の
いくつかの都市へ訪問した際にも
ヤハヤ氏は進んで観光案内してくれました。
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見本市が始まる前に行ったベルリンにて。報道カメラマンポーズに苦笑するヤハヤ氏。

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見本市の終了後にいっしょに行ったシュツットガルト市。中央はBOSSですね。


どれも良い思い出。
ドイツにならずっと住んでも構わないと今でも思っていますが、
彼がいたからこそ、かもしれません。

不義理なのですが、彼とは帰国報告でメールを
2〜3通ほど交わしたあとは、ずっと疎遠でした。
それがここ最近の例の報道に接して、ふと思い出して。
よし、連絡を取ってみようと相成ったのですが、
メールを送っても未送信の状態となってしまうのです。
なんでも、ヤハヤ氏の受信メール容量が制限を超えていて
(いわゆる郵便受けに手紙やチラシなどがあふれている状態)、
それを空っぽにしないと受け付けてくれないようで。

ならばと、Facebookで調べてみたら、
彼と同じ氏名が6人ぐらい、結果は全員が別人。
それらの肖像写真は、少年や青年の顔ばかり。
残りの1つは、迷彩服で自動小銃を構えた男の横顔で、
あまりにもただならぬ雰囲気の写真だったので、
そっとページを閉じました。



彼がメールの状態にいつか気づいて
郵便受けを整理してくれることを、
そしてあっしからのメールを
受け取ってくれることを願っています。

それが実現した際には、みなさんに報告いたしましょう。

しかし、受信できないメールを保持していて困らないのかね。
もしかしたら、そんな状況じゃないのかな。
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これもベルリン。あっしが着ているコート、まだ持っています。



それでは、ごきげんよう。







 
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全国共通コンサート入場券
4月30日までのご支援枚数:1500枚

1500枚に到達、感謝申し上げます。
いよいよ、目標枚数の2000枚へ。

司会太郎です。
ハリウッド映画でよく使われるセリフに、
良いニュース悪いニュースがある」というものがあります。
これを使っていくつかのお知らせをお届けしましょう。



まずは、悪いニュースから。

すでにご存知でしょうが、歌旅座コンサートの最後の砦だった
5月17日の北海道日高町公演が延期となってしまいました。
残念無念の陥落です。

この日のために、無水エタノール液を注文しました。
そろそろ1ヶ月待っていますが、まだ納品されていません。
この日のために、中国製の非接触型体温計も仕入れました。
使用してみるとJUNCOの体温が34.4度と表示されました。
ちょっと信用できません。

地元のご協力者や公演を楽しみにしてくれていた方々に
申し訳なく思っています。
しかし、仕切り直しをして必ず振替公演を実現する所存。
お買い求めいただいたチケットは次回にご使用いただけます。
新たな日程が決まり次第、このブログでご案内いたします。


次に、良いニュース
歌旅座のヴァイオリン奏者、高杉奈梨子
大好評のうちに売り切れていたCDのリニューアル版が発売されます。
タイトルは「ナリコ・ザ・コレクション」
cd_naricolle
彼女のソロ3作品を1枚のCDに収めたベスト盤が
装いも新たにCDブックのスタイルで復活です。
クラシックの名曲から昭和の流行歌、荒井由実までのカバー曲を
全16曲収録したアルバムの料金は1500円(プラス郵便送料150円)。

現在、こちらから予約受付中
ゴールデンウイーク以降から順次発送予定です。



最後に、良いニュース悪いニュースを同時に。 

先述の通り、5月17日の日高町公演は延期となりました。
では、その後の5月24日、札幌・円山夜想における、
ナリコ・バースデイライブ開催されるのか、という疑問。

答え:開催します。しかし、お客様は入場できない無観客公演です。
見事に良いニュースと悪いニュース。

では、どのように開催するのか。

200524配信-ナリコ・バースデイライブ

歌旅座、初の試みです。インターネット配信
公演日時は当初のライブと同様、5月24日(日曜)・13:30開始
YouTubeの[歌旅座テレビ]でお届けします。

再配信は予定していないので、
ナマでネットにかぶりつかなければなりません。
パソコン、スマートフォン、あるいはテレビでYouTubeを
ご覧いただける方々は当日アクセスしてください。
視聴は無料ですよ。

 

忍び難きを忍ぶ日々ですが、
わずかでもお楽しみをお届けしたい北海道歌旅座。
これからもよろしくお願い申し上げます。


ごきげんよう。




 
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全国共通コンサート入場券
4月8日までのご支援枚数:1258枚

ごきげんいかがですか。
司会太郎です。

緊急事態宣言が出されましたね。
対象地域のみなさまにお見舞い申し上げます。
でも決して人ごとではないんですよね。
なにせ歌旅座、全国に歌を届けているのですから。

当初、対象地域に北海道も含まれるという報道もあったのですが、
ウチらの知事がその発信元に、
「ナニさらしてけつかんねんッ!」という意味合いの
北海道言葉で抗議したと聞いております。

生意気ですが、すでに緊急事態を経験した道民は
一定の効果があったと感じています。
いっしょに乗り切りましょう。



さて、各地でご縁をつないでくれた人々との
交流や思い出をご紹介する「数え唄紀行」
ここのつまで繋いでまいりました。

今回は、北海道の日高町をご紹介いたしましょう。
なぜならば、この記事上の公演日程を
ご覧いただけたらおわかりのように、
5月17日にこの地でコンサートを開催するからです。

「え、コンサートできるの?」

会場を貸してくれる日高町が「No!」と言わない限り、
現在のところ開催する所存です。

開催日までに状況がどうなるかは不明ですが、
そのための消毒液を購入しました。 
会場の窓も全開にすることでしょう。

そして、地元の方々にもご協力をお願いしています。
そのうち、ご協賛いただいた2組をご紹介いたします。


オアシス in 日高さんという団体が、
日高町富川地区にあります。
地元の有志が集まって様々な社会活動をおこなっており、
歌旅座のコンサートも何度か主催していただきました。
そのメンバーにリカさんとミスズさんというお嬢様がいらっしゃって。
今回の公演はこの御二方のご尽力でスタートすることができました。

こんな状況下でチケット販売もご苦労されているようですが、
リカさんは二つ返事で引き受けてくれて各方面に働きかけてくれています。
もちろんミスズさんも同様ですが、彼女からは面白い話が聞けました。
長年、不思議に思っていた観客のある態度についてです。

ステージから客席を見ていると、大勢が盛り上がっている中で
腕組みをしたままほとんど動かないお客さん、必ず何人かいるんですよ。
「おや? あの人、つまらないのかな」
なんて思っていたんですが、ミスズさん曰く、
「あれはね、音楽にノレないだけなの」
つまりは、ああいう人はリズム感が絶望的に欠けている人なんですと。

手拍子したもんなら音楽にも周囲にも合わせられず、
その上、演者が「さあ、いっしょに歌いましょう!」
と発言しようものなら、
「やめてぐれえッ!」と心の中で絶叫してしまうという、
歌うことさえも悲劇的な境遇にある人でもあると。
ミスズさんご本人がその「絶望悲劇ウーマン」だと告白。真実ですね。

ステージと観客から白眼視され、
あたかも悪魔の申し子のように
自分が忌み嫌われてしまうのを
避けるためにあえて反応しない。
でも音楽やコンサートは大好きだという人は
一定数存在するのだと聞いて
これまでの謎が氷解しましたよ。
こういう人たちの秘密結社があれば、ちょっと楽しい。



つづいて、もう1組のご協力者。
富川中学58年会
ご当地の中学校、昭和58年卒業の人たち。
やはりチケットは売りにくいようですが、
それぞれの仕事の合間に公演を案内してくれています。
みんなそれなりのお年頃。
でも、意外と若く見えるですよ。
特に女性陣は(だから、チケット販売お願いします)。

ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、
ここ日高町富川は、司会太郎の生誕地。
すなわち故郷であります。
母が住まう実家があります。
母の姉2人の家もここにあります。
通称「スパイダー」と呼ばれる姉や、
通称「フェリス」と呼ばれる姪っ子もいて
それぞれ家庭を築いています。
富川中学58年会の面々とは、よくふざけ合います。
富川にて(その1)
頭に奇妙なモノを乗せられて、からかってもらっている司会太郎(2017年・正月)

なかでも、ヒデキ君とは3歳の時からの付き合いです。
この前、歌旅座の愛車、アルフィーのヘッドライトを
特殊な溶液でピッカピカに磨き上げてもらいました。
富川にて(その2)
ピントの合っている右の人物がヒデキ君。頭髪は司会太郎のほうが多い(やはり2017年正月)


ここのつ。
ここに集まる皆様の 笑顔をぎゅっと抱きしめて 

5月17日-北海道日高町公演

ここで紹介しきれない多くのみなさまに
今回の公演をサポートしてもらっています。
開催できることを信じています。
そして、笑顔の花を咲かせたいものです。
本当に、そう願っています。


なお、ご当地に「司会太郎・生誕の地」といった
石碑などは現在、建てられていません。
もしかしたら、内密で計画中かもしれません。

それでは、ごきげんよう。

 
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全国共通コンサート入場券
3月15日までのご支援枚数:699枚



ごきげんいかがですか。
司会太郎です。
皆さんのご支援、ありがとうございます。


通常ならば、このブログで各地の公演レポートを
お届けしているところですが、
例のコロナッチョが面倒を起こしていて。
感染者数を毎日のように発表しているけれど、
退院・回復している人数をもっと広めてほしいですね。
希望につながりますから。
(3月10日時点で退院者427人) 
 


さて、今回よりこのブログで新しいシリーズ、
「数え唄紀行」を歌旅座メンバーの
持ち回りでお送りいたします。
 
これは、北海道歌旅座のオリジナル曲
「歌旅数え唄」の歌詞に沿って、
全国各地を訪れてきた歌旅座の面々が
ご当地で出会ってご縁をつないでくれた人々との
交流や思い出をご紹介する内容です。
いかに歌旅座が皆さんに支えられているかを
感謝を込めてお伝えします。

なお、「歌旅数え唄」は、こんな曲ですよ。
「ニッポン全国市町村公演」をおこなう
一座の所信表明と誓いをこの歌に込めています。



第1回目は司会太郎、四国が舞台の
「ひとつ人の情けは有難く頂戴しようと決めている」

将来のコンサート開催を目指して、
歌旅座は各地に公演実施の提案しています。
あっしは、四国と九州の営業担当。

歌旅座は、2013年10月に愛媛県八幡浜市で
最初の四国公演を開催しました。
当時の公演レポートが見つかりましたのでご覧ください↓
2013年10月14日(月) 愛媛県八幡浜市・昭和ノスタルジア

このレポートはおそらく元・歌旅座メンバーのピヨの投稿ですね。
ほとんど「食レポ」的な内容が逆にリアリティーを感じます。

文章でも触れられているように、最初の四国公演で
満員御礼となったのは歌旅座にとって衝撃でした。
幸福感あふれる出会いがここに実現したのです。

しかしその後、どういうわけか
四国にたどり着けないでいました。
そこで白羽の矢がぶっ刺さったのが、あっし。
四国公演活性化実行委員会特命課の課長に任命されたあっしは、
2016年から単身で四国に乗り込んで、提案活動を開始したのでした。


あれから、およそ4年。
徳島県で11回、香川県で7回、愛媛県で8回、高知県で6回。
計32回もの公演をお届けすることができました。
特命課のあっしのおかげ? 違うんですね。
四国各地のご担当者が、どこの馬の骨かチキンの骨かわからない
風来坊のような特命課長の提案を受け入れてくれたから。

しかも、四国4県の方々がちょっと違うのが、
「ウチではできないけど、あそこなら引き受けてくれるかも」
というように、他のホールを紹介してくれることもあるのです。
場合によって「今からこういう人が行くよ」と電話してくれたり。
地元の人は、それが「お接待」「お遍路文化」だと教えてくれました。 

たとえば。
愛媛県内の別々のホールで
責任者をされているおふたりとの出会い。
伊藤さんは四国内の各ホールに顔が利くから、
歌旅座の資料を携えて営業までしてくれて。
つい最近、初孫が誕生しましたよ。
山口さんはこれまで2回コンサートを引き受けてくれて、
3回目はいつにしようかと密かに相談中。
そして、あっしらは飲み仲間に。
ご両人は札幌で歌旅座と「ジンギスカンを食べる計画」を
練ってくれていますが、どうなりますか。
Ehime4z
写真右が伊藤さん、左が山口さん
中央はこのお店のマスター、大汐さん。
笑顔がステキな御三方。
コンサートのチケット販売をマスターにお願いしたら、
二つ返事で引き受けてくださって。
もうひとりとの出会い。




たとえば。
徳島県にお住いのお客様との出会い。
県内の公演には必ず足を運んでくれているという秋月さん。
ある日、1通のメールが歌旅座に届く。
「なぜウチの町で歌旅座公演してくれないのですか」
そこはすでにあっしが提案をしていて、
残念ながら結びつかなかった町でありました。
ところが、その秋月さん、あっしの話を聞くと
ひとりで担当者に会いに行ってくれて。
Tokushimaz
さらには後日、秋月さんとあっしが一緒にホールに伺って
再度のご検討をお願いして。
結果は「やってみましょう」ということになっての、
この町での公演が決定しました!
情報は近日発表しますよ。

秋月さんはいつも客席からステージを観てくれていて
今回初めてステージ外で共に行動したのですが、
なぜか旧知の関係のように感じられて
居心地の良い時間を過ごせました。



他にも四国各地のご紹介したい人たちがいますが、
数えてみたらキリがありませんので、今回はこの辺で。


四国の「お接待」は物を与えるというよりは、
旅人を応援する気持ちを表すことだそうです。
ここでは、北の流れ者を最初から受け入れてくれました。
あっしも大いに甘えさせてもらいました。

人の情けは有難く頂戴しようと決めている歌の旅一座にとって、
四国は理想郷のひとつかもしれません。


さあ、次はどんな出会いが待っているのか。
それでは、ごきげんよう。



 
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ごきげんいかがですか。
司会太郎です。

今回は趣向を変えてテーマは、
「冬来たりなば春遠からじ」。

この言葉を調べてみるとですね、
今は不幸な状況であっても
じっと耐え忍んでいれば
いずれ幸せが巡ってくる
——故事ことわざ辞典より


ということなのですね。
イギリスの詩人シェリーの「西風に寄せる歌」の
一節が由来なんだそうです。



札幌の雪まつりは終わりました。
気温もプラス温度が続いています。
街を覆っていた雪は溶けまくっています。
雪解け
これでもだいぶ溶けている状態。
雪解けでグシャグシャの道路はハンドル操作に苦労します。
完全にカチカチと凍っている道も危険なので、
どちらが良いとは言えませんが。


ちょっと前まで滞在していた四国は、
まあ、ワルツを踊っているかのごとく
優雅に自動車走行しておりました。

ところが1月の末日、冬の季節が牙をむいたのです。

ここより、四国から北海道へ向けて
決死の覚悟で脱出した顛末をお届けします。

1月31日、17:00前。
徳島県内でひと仕事を終えて京都・舞浜のフェリー乗り場へ
進路を取ろうと意気込んでいるところに電話が。
フェリー会社から出航時間が変更になったと。
23:50発が6:30から7:00発になったと。
ひいては、4:00に乗り場に集合せよと。
理由は、航路の日本海が真冬の低気圧による影響で、
怒り狂う悪魔の所業のような荒波だと。
だから、出航中止になるかもよと。

電話を切った直後、3つの思いがこみ上げてきた。
「急ぐ必要は無くなった」
「どうやって時間をつぶそうか」
「あ、なんか酸っぱいものがこみ上げてきた」
3つ目は「思い」ではなく、直接的な肉体反応だ。
きっと、変な時間に牛丼を食べたからだ。


まずは、急ぐ必要ないのだからと、
四国から高速道を利用して神戸で降りると、あとは下道で。
繁華街から郊外、そして山道。
携帯電話の通信は上限に達してしまい、
最新の地図情報はもう得られない。
自動車に埋め込まれた15年前のカーナビだけが頼り。
そう、札幌から乗り込んできた我らが愛車、アルファード。
愛称・アルフィー。頼りになるヤツ。
でも、最近、ブレーキパッドが減りすぎて
ペラペラ状態だったことが判明した。


丹波猪村
どこだ、ここは。
いつか歌旅座公演で再訪することにしよう。



23:00前後にはダルとチエからそれぞれ頼まれていた、
「アレを送ってくれ」「ナニをメールして」的な仕事をしたり。
フェリーに乗ったら24時間は音信不通になってしまうので仕方がない。
コンビニに車を停めて、WiFiに接続して完了。
つまりは、時間つぶしもできたということ。

まだ時間があるわけで。

しようがないから、フェリー乗り場へ行って
手続きをして受付人に尋ねると、
出航はするとの確証を得てひと安心。
それではと、クルマの中でスタンバイ。
眠気覚ましに散々コーヒーを飲んで
運転してきたので眠れない。でも入眠。

安らかな眠りについてたら
いつの間にか4:30を過ぎていて、
乗船がのんびりと始まっていた。
よく目覚めたなと自分を褒めて、車列に並ぶ。
カーナビ

意気揚々と乗り込み、
「さて、まずはさっぱりするか」と
フェリーの大浴場でカラダに染み込んだ
クルマのシート臭を落とす。

そして6:00頃に出航。
「どれ、軽く仕事をするかね」とパソコンを稼働させると、
ほどなく、床が顔に迫ってくる感じが。何度も何度も。
巨大なカクテルシェイカーの中に入っているようなもので、
揺れる、揺れラー、揺れレスト(←最上級)。
飛行機で言えば、乱気流の中にいる状況。
とてもパソコンで作業はできない。
液晶画面が鼻に当たるのだから。
読書だったら、ページの紙で鼻を切り落としてしまう。

なので、コンビニで購入した焼酎「いいちこ」で乾杯だ。
幸い、クルマから柿の種やらカップ麺やら
バームクーヘンを船室に持ち込んでいたし。
さらには、ワインもこっそり購入しておいた。
「酔っ払えば、船の揺れが相殺されるはず」という、
非科学的な根拠に基づいて、誰もいないラウンジで宴会を始める。
ラウンジ
晩酌ならぬ朝酌の相手はテレビのNHK-BS放送。
犬と飼い主が一緒に障害競走するスポーツ、
アジリティー」を紹介する番組を思いのほか楽しんだり。
これは、いつかオリンピック競技になるね。
猫だったら成立しねえな。

さて、寝るかと船室に入ったら、
同室の客人はベッドで何時間も寝込んだまま。
トイレに行くと、複数の嗚咽音が重なって聞こえ、
カエルが鳴く田舎の田園風景を思い出す。


次の日の6:30頃。
スタッフに起こされて慌てて下船、アルフィーに滑り込む。
10分後には小樽の地に降り立った。
雪が極めて少なく、東北の仙台あたりに
到着したかと思ったわけで。
航路が違うのであり得ないのですがね。
とにかくも、春が来たなと思った次第。

では、札幌へ帰還。
ゴツゴツとするブレーキの感触に違和を感じても
すでに慣れっこさ。


そんな2020年最初の冬の出来事。
冬来たりなば春遠からじ、のお話でした。

それでは、ごきげんよう。



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