全国共通コンサート入場券 うたたび ザ・コネクション 北海道歌旅座コンサートスケジュール


カテゴリ : 司会太郎

ごきげんいかがですか。
司会太郎です。 


人類史上でも稀な、世界的に異様な2020年。
みなさんと同様につらかった(そして今も)。
でも、多くのご理解とご協力をいただいて、
ようやくコンサートツアーを再開できました。
その千秋楽を歌旅座のホームタウン、札幌市で開催。
レポートしてまいりましょう。

時は12月24日のクリスマス前日。会場は札幌市教育文化会館(3回目)。
会場外観

気温はプラス7度。青空が見えたら、次の瞬間に雨が降ったりして。
なお、歌旅座のレインウーマンは作詞家の北埜うさぎ
当然ながら彼女様も会場にお見えになっていました。 

舞台準備
仕込み直前の様子、ステージにて。
千秋楽感は、そんなに無い。


せっかくだから舞台袖もご覧ください。
舞台袖
機材トラック〈歌旅号〉 から吐き出される機材の一部は、
このようにいくつものカゴに分類されています。
そして、ステージあるいは操作席の所定の位置に仕込まれるのです。
7ヶ月後に公演再開した際には、この仕込み作業が愛おしく思えたものです。
最近では90分ぐらいでこの作業は終わって、
終演後の撤収作業はこの日、30分程度で完了しましたよ。

そして。
ステージ完成
ステージの準備が整いました。
あとは今年のラストを飾るコンサートでお客様をお迎えするだけ。


正直なところ、このご時世で公演を開催するには
難しいことがいくつもありました。
突然の中止や延期に見舞われるのではと不安だったり、
集客が芳しくない会場もたしかにありました。

しかし、そんな状況下でも足を運んでくださるお客様もいます。
そして、もしかしたら平常時よりもアツい感想がアンケートには綴られており、
歌旅座は大いに、強く励まされてきました。
コンサート実施が決して無謀な行為とは思えません。
むしろ、こういう閉塞状態の時こそ、娯楽が重要なものであるということを
あらためてお客様に教えられました。
無論、確実にしっかりと対策を講じた上での開催が必要ですね。


それでは、本番の風景をご覧いただいて、
2020年の仕舞い、札幌公演レポートの完結といたしましょう。
本番!


お越しいただいたみなさん、応援・ご協力いただいたみなさん、
誠にありがとうございました。
来たる2021年をいっしょに良い年にしましょう。
今後もどうぞよろしくお願い申し上げます。

ごきげんよう! 
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ごきげんいかがですか。
司会太郎です。

2010年の宮崎県公演以来、
九州各県にコンサートをお届けしてきた歌旅座、
なぜか大分県には縁遠くて。
やっとそれが実現したのが2019年6月の玖珠町(くすまち)。
今回は同町を皮切りに、大分県で3回公演が実現。

同県日田市に所在する某ホテルを最初の拠点として、
まずは2つの町へ。

 
11月30日:玖珠町。
再演ですよ。また訪問できましたよ。
 Kusu04
童話の里。「日本のアンデルセン」と呼ばれた児童文学者、
久留島武彦氏の故郷であることから。
Kusu02
前略、道の駅より。マスク姿の桃太郎御一行と歌旅座ガールズ。 

そして、会場。
Kusu03
大雑把な写真で恐縮です。

果たして本番は。
Kusu01
さすが再演の地。こんな状況下でも多くの皆さまがご来場。
もちろん、1席ずつ空けての制限ながら客席からの熱狂、どんどん。


12月1日:九重町(ここのえまち)。
ついに師走。玖珠のお隣の町に初見参。
昨年の大分県初公演をご覧いただいたご担当者が
さまざまな苦難の末、実現してくれましたよ。

この町のシンボルは「九重(くじゅう)森林公園スキー場」でしょうか。
ゲレンデの総延長が2500メートル、九州最大のスキー場であります。
最大標高1330メートルだから雪も降る。
今年は12月12日にオープン予定。もうすぐじゃんね。
Kokonoe03
会場も小高い位置にありまして、
ダル君も予想外の寒さにダルがっています。

会場の入り口です。
Kusu0X

ご担当者があらゆる手を尽くして広報活動をしてくださいましたが、
ぶっちゃけ、集客は芳しくはありませんでした。
憎きコロナめ。うーむ。
なので、過日の愛媛県西予市のごとく、
対策を講じてお客様にステージで鑑賞してもらおう。

Kokonoe04
今回もこの手段、有効にして好評。
この写真で誰よりも目立っている人物は、左下の紳士の後ろ姿。
この御仁、実は九重文化センターの所長、Sさん。
みなさん、楽しんでくださいましたよ。

大分県のラスト。
12月2日を移動日に当てて、道の駅に寄ったりして、
チエがリュックサックを日田のホテルに
置き忘れたことが道中判明したりして、
佐伯市に到着したのでありました。


12月3日:佐伯市(さいきし)。
今年の10月に開館したばかりのホヤホヤ、
さいき城山桜ホールが会場です。
Saiki03

Saiki0XQ
木に風船が実っています。
おそらくは、ホールのオープンイベントの名残なのでしょう。
なんとも穏やかな時間が流れていましたよ。

では、会場の仕込み。
Saiki0XX
照明の仕込みちゅー。

Saiki0X
仕込みちゅーに、どういうわけかポーズを決めるメンバー。

そして開演。
Saiki04

Saikimm

この日も、歌のメッセージは来場者の胸に届いたようです。
その証左に、この御仁も駆けつけてくださいましたよ。
KOKONOEz
九重町で激写されたS所長さんが佐伯公演にご来場。
なんでも、九重公演が終わったその夜に歌旅座の夢を見てしまって、
居ても立っても居られないとばかりに、
仕事を早退して、怪訝な面持ちの同僚たちを振り切って、
歌旅座のCDを聴きながら2時間近くの道のりをやってきてくれたのです。


ご来場いただいたみなさん、
公演にご尽力いただいたみなさん。
九重どころか、幾重にも感謝申し上げます。
つらい日々をクスクスと笑い飛ばせる日が来ることを、
もっとも強い、サイキョウの心持ちでいられることを願っています。
(ちょっと無理矢理なまとめで、恐縮です)


それでは、ごきげんよう。



 
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ごきげんいかがですか。
司会太郎です。


コンサートです、東北で。
雪はほとんど降らず、陽気も良く青空は澄みわたり、
ジョー・バイデンは過半数を獲得。

かくして、11月10日、3回目の公演となる石巻市へ。
2019年の5月以来の〈河北総合センター ビックバン〉。
石巻1
*ホール裏手にある建造物は情報センター〈メディアシップ〉。

制限付きの公演が続いているわけですが、
それはそれで受け入れないといけません。
そんな状況下でもお越しになったお客様に
楽しんでもらうことが使命なのであります。
開催を受け入れてくれたホールも、
地域に元気を届けたいと思ってくれたわけですね。
石巻で公演できたことにも
深い意味があると思っています。はい。

ところで、「石巻」という地名を英語にしたら
どーなるだろうと公演当日の朝に考えてみました。
「石」を「ロック(rock)」、「巻」は「ロール(roll)」で
「ロックンロール」と言い換えることができるではないかッ。
だから本番時の司会太郎のもみあげは、
ロックンロールの神様、エルビス・プレスリー氏に捧げた
長さを表現してみました。
まあ、厳密に言えば「石」は「ストーン(stone)」ですが。

石巻2
*明日はあるのだ。歌って踊りまくるのだ。

石巻3
*歌の旅はもちろん続きます。


翌11月11日。1並び。
中華人民共和国ではこの日を「独身の日」と称して
ネットショッピングの大バーゲンを開催、
今年は日本円で7兆円も売り上げたんですと。
どういうわけか、個人的にはシャクにさわる報道でしたが。

歌旅座一行は、初めての仙台市へ。
宮城県内ではいくつも公演してきましたが、
同市では実現していなかったんですね。
会場は〈トークネットホール仙台(仙台市民会館)〉。
東北電力の子会社、東北インテリジェント通信(TOHKnet)が
命名権を取得して付けられたホールなのだそう。

スロープを降りていくホールの裏手が搬入口。
眼下には広瀬川がジョロジョロと流れておりました。
仙台3
*長く、曲がりくねった坂道(スロープ)。左端の人物は筆者(あっしのこと)。

仙台1
*仙台のシンボル、広瀬川。河川敷には自動車学校も。

お客様1人ひとりに、強烈かつ確実に元気を
お届けできたと感じるステージでした。
杜の都には安定した時期に、再び訪れたいです。
いや、訪れてやる。
仙台5
*本番、舞台袖からのショット。チエは歯の掃除ちゅー(ホントはアイヌの楽器〈ムックリ〉演奏ちゅー)。


終演、そして搬出。
トラックは長いスロープをバックしていくのでした。
仙台2
*そして、トラック歌旅号はじりじりとバックして去りぬ。



まだまだ続きますよ、コンサートツアー。
各地の皆様、今後もよろしくお願いいたします。

それでは、ごきげんよう。


 
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ごきげんいかがですか。
司会太郎です。

昨日(22日)の北海道白老町公演。
盛り上がりすぎて興奮未だ冷めやらず。
久しぶりでしたが、すべてカンペキにこなしました。
まあ、誰にもわからない個人的な感覚でありますが。

白老公演のレポートは、後日このブログでご紹介します。


さあ、最近は「歌旅座テレビ」が賑やかです。
自粛期間中にも歌旅座のことを忘れないでとばかりに、
いくつもの音楽ビデオをお届けしております。

4月10日の「明日 2020」を皮切りに、 
5月の「ナリコ・バースデイ・ライブ」の前後編、 
6月は「悲しい色やね」「君をのせて」に加えて、
「ハチのムサシは死んだのさ」ときました。
「テネシー・ワルツ」「星の河を渡ろう」のCMもありましたね。
今月は、すでに「人形の家」「韃靼人の踊り」をアップしました。

そして、今回新たに加わりますのが、
「ポル・ウナ・カベサ〜Por una Cabeza」
北海道歌旅座の女性陣3名による演奏のみのミュージックビデオです。

Por una Cabeza

本曲について説明しましょう。

人気絶頂時に飛行機事故で亡くなった
アルゼンチンの国民的歌手・俳優のカルロス・ガルデル氏。
彼が1935年に遺したタンゴ界の名曲です。
この曲のカバーも多く、アル・パチーノやスピルバーグ監督の
ハリウッド映画やテレビドラマに使用されたり、
フィギュアスケートの演技にも活用されたり。
タンゴにとどまらず、様々な編曲も施されてきました。

「ポル・ウナ・カベサ」。
スペイン語の競馬用語で「クビ差」という意味だとか。
1989(昭和64)年の東京競馬場で開催された「第9回ジャパンカップ」
我が国代表のオグリキャップと、ニュージーランド代表のホーリックス
この2頭の壮絶な叩き合いの末、ゴール着差がクビ差でした。
優勝は残念ながらホーリックスでしたが、
これが「ポル・ウナ・カベサ」、あるいは「ポル・ウナ・カベーサ」です。
うん、あのレースを思い出したくなかった。


それでは、
吉田淳子(ピアノ)、高杉奈梨子(ヴァイオリン)、
佐久間千絵(アコーディオン)の歌旅座の女性による演奏をご堪能ください。 
悔しかったことを忘れるはずです。

 
 


それでは、ごきげんよう。

 
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ごきげんいかがですか。
司会太郎です。
お久しぶりですね。

コロナッチョの束縛から
なんとなく解放された気分でいます。
みなさんはどんな塩梅でしょうか。

各報道はウイルスに関するもの以外に、
議員夫婦大逮捕、北朝鮮大爆破、一国二制度大混乱、
黒人生命大切、奇天烈米国大統領などが目立ってきました。

これらのニュースの中でもとくに気になったのが
「黒人生命大切(Black Lives Matter)」。

奴隷制度に加担したかつての英雄の銅像への風当たりはご周知のとおりで、
名作とされている過去の映画や現在放送中の刑事ドラマでさえも
黒人の扱い方がなっとらんと、関係者が対応にあたふたしていたり。
今回ばかりは、米国民、本気(マジ)だなと思う次第。
奇天烈大統領がこれまた火に油を注ぐ言動をしちまうから、
米国では人民革命が起きるんじゃないかと心配。本気(マジ)で。

ここ日本では無関係にも思えるこの問題、実は司会太郎、
かつて黒人紳士と仕事をしたことを思い出したのでした。


2003年、北海道歌旅座がまだ誕生していないころ。
ドイツのフランクフルト市で、音楽に関する
国際見本市が開催されました。
我がBOSSとあっしは、音楽に関する情報収集と
自前の作品の拡販を使命とした活動をおこなうために、
その地に降り立ったのでした。
見本市会場
これが見本市会場。奥の高いビルはホテル。日付は「2003年3月5日」ですと。


行く前に不安だったのが、言語。
あっしはイタリア語・スペイン語・英語に堪能なワケですが、
ドイツ語はちょっと不安。
なので、ツテをたどって通訳兼協力者を現地で見つけました。
それが彼、ヤハヤ氏
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左がヤハヤ氏。右は生涯最高体重を記録し、チョビ髭を蓄えた頃のあっし。

出身はアフリカのナイジェリア。
ドイツとフランスで建築技術と土木工学に加えて応用言語学を学び、
ドイツ語・フランス語・英語・アラビア語を流暢に話し、
2003年当時はフランクフルト大学で教鞭をとっていて......。
つまりは、メチャクチャに優秀な人。

初対面かつ天地左右もわからないあっしらを
あまりにも親切にガイドしてくれ、しかも自ら積極的に
セールスに精を出してくれて。頼りになる相棒でした。
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懸命に仕事をこなすヤハヤ氏。実に頼もしい。

ホテルの朝食に出る硬いパンのサンドイッチを
昼食用に持参するのですが、ヤハヤに手渡すと
覚えたての日本語で「オイシイヨ」と食べてくれました
(BOSSは、口内炎まみれになる危険な食物だとして、
 その硬いサンドイッチを忌み嫌っていました)。

見本市の会期が終わり、みんなでドイツ国内の
いくつかの都市へ訪問した際にも
ヤハヤ氏は進んで観光案内してくれました。
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見本市が始まる前に行ったベルリンにて。報道カメラマンポーズに苦笑するヤハヤ氏。

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見本市の終了後にいっしょに行ったシュツットガルト市。中央はBOSSですね。


どれも良い思い出。
ドイツにならずっと住んでも構わないと今でも思っていますが、
彼がいたからこそ、かもしれません。

不義理なのですが、彼とは帰国報告でメールを
2〜3通ほど交わしたあとは、ずっと疎遠でした。
それがここ最近の例の報道に接して、ふと思い出して。
よし、連絡を取ってみようと相成ったのですが、
メールを送っても未送信の状態となってしまうのです。
なんでも、ヤハヤ氏の受信メール容量が制限を超えていて
(いわゆる郵便受けに手紙やチラシなどがあふれている状態)、
それを空っぽにしないと受け付けてくれないようで。

ならばと、Facebookで調べてみたら、
彼と同じ氏名が6人ぐらい、結果は全員が別人。
それらの肖像写真は、少年や青年の顔ばかり。
残りの1つは、迷彩服で自動小銃を構えた男の横顔で、
あまりにもただならぬ雰囲気の写真だったので、
そっとページを閉じました。



彼がメールの状態にいつか気づいて
郵便受けを整理してくれることを、
そしてあっしからのメールを
受け取ってくれることを願っています。

それが実現した際には、みなさんに報告いたしましょう。

しかし、受信できないメールを保持していて困らないのかね。
もしかしたら、そんな状況じゃないのかな。
042
これもベルリン。あっしが着ているコート、まだ持っています。



それでは、ごきげんよう。







 
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