北海道歌旅座コンサートスケジュール

歌旅座テレビ

カテゴリ : 日々のこと

ギョーザ。
ラーメン。
ウィンナー。

私にとってのTOP3。
何の?と書きかけて、なんだか堂々と書き進めるのが情けなく
気恥ずかしくなるのだけど…、ま、いいか。
スーパーでの試食販売で素通り出来ないのが上記の三つ。
試さなくたって味は知ってるし、家にまだ買い置きだってある。
なのに、なのにいつだってついつい手を伸ばしてしまう。
ラーメンに至っては試食の数が私まで回りそうになかったら、
さりげなく立ち去り、意味なく他の売場をチェックしながら
タイミングを見計らい また戻ってゲットする。
あーーー、やだやだ、恥ずかしい。
恥ずかしいことを今書いてるんだな、私。
でもね、あの爪楊枝が添えられ おままごとのような容器に
入れられたあのひと口が絶妙に美味しいのですよ。
できるならあとふた口ほど頂きたいが、そこはほれ、大人
だから(当たり前だ!)、"あら、なかなか美味しいわね、
どうしようかしら?でも あとひとつ決め手に欠けるわね”
などと思っている風の、ほんの少し小首を傾げ、うっすらと
笑みを浮かべ、『淳子夜想』ならチョイ役で出られそうな小芝居
をしながら、そっと立ち去る。
とは言え、そこはやはり気の弱さ?三回に一回は買ってしまい、
買い置きが増え、あーまた高いひと口になっちゃったな、と
後悔する連続。
幸いに消費しやすい食材なのでそう無駄にすることはない
のだが、我が家の冷蔵庫には必ずこの三品はあります!!

試食といえば、各地の物産展。
以前、東京に住んでいた時の話。
エリアだった吉祥寺の百貨店で北海道物産展が開かれた。
どこのデパートでも北海道物産展は大人気で、美味しいものを
目当てに多くの人が集まるが、故郷を離れた いち道民にとっても
懐かしい味や地名に触れたくなる嬉しいフェアだ。
かなりの空腹で出かけた私は「あ~、この分だとあれこれ余計な
ものまで買っちゃいそうだな」と思いつつ会場に足を運んだ。
その日は、開催から数日たっていることと、時間も早かったので
思いの外、お客が少なめだった。
二~三、売場をちら見した先にラーメンのコーナーがあった。
北海道物産展でよく見かける光景なのだが、地元では
あまり見かけない商品が並んでいることがある。
特にラーメンには その手が多く、この日のラーメンも私には
初めての商品だった。
興味と空腹に足をとめると 天使みたいなおじさんが
"おねーさん(この一言に弱い…)食べていって!!”と
差し出してくれた試食の器が、これが試食とは思えないほど
大きい。
使い捨てプラ容器だけど BBQのタレ容器ほどの大きさがある。
熱々の正油ラーメンが美味しくってペロリと平らげにっこりと
微笑むと おじさんの天使心が刺激されたのか "ほれ、おかわり”
"いや、もう一杯”と次々に入れてくれる。
さすがに五杯食べきったところで「おじさん、もうお腹いっぱい
だから他のところを見てくるね」というと「あー、行っといで
行っといで腹ごなしして戻っておいで」と心よく送り出してくれた。
あんなに空腹だったのに なみなみ五杯のラーメンで、もうどの売場
を見ても食欲も購買欲も湧いてこない。
普段ならつい余計に買ってしまいそうな美味しそうな海産物も
肉料理もスイーツも全てが色を失ったように見える。
結局あきらめて、一言 おじさん天使に御礼を言って帰ろうと
売場に戻ったら「おー!帰ってきた帰ってきた!!」と大天使に
昇格したおじさんがすかさずまた一杯差し出してくれちゃった。
断ることも憚られ、やけになった私は 満開のサクラになった気分で
側を通る人々にはっきり聞こえるように "美味しい、美味しい”
と連発しながら、そこからまた四杯。
もう試食の域を超え、換算すると普通のラーメン二杯分以上を
食べきることとなった。
もはや 苦しさしか感じられない状態。

_20180830_134613


もう見たくもない程なのだけど、やはり買わなきゃ…と商品に
手を伸ばしたら大天使のおじさんが「買わなくていい。買わなくて
いい。そんなもん 無理して買わなくたっていい!」
その時 おじさんは"神”となった。
押し問答の末、何とかラーメン二食分を購入し、後光差すおじさん
から逃げきったのがちょうど秋に向けての今のような季節。
あんなにお腹一杯な試食は後にも先にもない。
商品名すら忘れてしまったけれど、ラーメンの試食コーナーを
見ると思い出し、普通のおままごと容器の試食にほっとするやら、
ちょっぴり残念に思うやら…。

各地の物産展巡りも回を重ねれれば、ほぼ知った味ばかりになる
ので 本来の試食の魅力は薄れてしまってはいるが、ほんのひと口
の美味しさ、幸せが購買意欲につながり、そして "美味しかったから
誰かに食べさせたい”と皆を招いての賑やかな食卓につながる。
そうだ!!
私のこの食い意地の張った試食癖は きっとJUNCOやチエや
メンバーの胃袋を優しく満たすためにある大事な行程のひとつ
なんだ。
と、大義名分がついたところで どうか皆様、スーパーのラーメン
売場の周囲を挙動不審にウロついているうさぎを見かけても
声をかけずに あたたかく見守って下さいませ。

ちょうど今、札幌では 東北と、江戸老舗めぐりの物産展が
開かれている。
明日にでもチラシをもう一度チェックして試食に、いやちがった
何か美味しい物を手に入れに出かけることにしましょ。
みんなのために…ね!!
    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

高校生の時、学校祭で尾崎豊の『シェリー』を歌った。
友だちの『みやこ』にピアノを弾いてもらって歌った。
白いTシャツにジーンズ履いて。
高校生のじゅんちゃんにとって、尾崎豊のメッセージは
痛く・儚く、そしてなぜか希望の匂いがしていて
何度聞いても泣けた。そのメッセージを どうしても
己の身体から投げてみたかった。

体育館に集まった友達や学年の違う生徒達。
幾人もの涙を拭う姿がステージから見えた時
私は『歌を歌って生きていこう』と決めた。
(後日談だけど、他校から『歌のうまいやつがいる』と嗅ぎ付け
偵察に来てたヤツもいたと。やるぢゃん。じゅんちゃん。)

あれから25年。
先日、懐かしい人から連絡があった。
その時ピアノを弾いてくれた『みやこ』からだった。
恵庭公演があると知って、見に来てくれると。
嬉しかったなぁ~…。
子供も大きくなって、最近またピアノのお仕事始めた様子。

白いTシャツとジーンズの思い出が、突然カラーになって
飛び込んできた。大切な私の分岐点。
あの時、尾崎豊を知らなかったら、
あの時、ピアノを弾いてくれる友がいなかったら、
あの時、涙を流してくれる人がいなかったら…
また違う人生を歩いていたんだろう。

25年ぶりに聞く私の歌は、みやこにどう響くだろうと
考えるだけで、なんか涙が出そうになる。
続けてきて良かったと思う瞬間です。
ひとつひとつの出会いや想いが、人を創りあげていくんだね。

_20180828_112242

高校3年生のオイラとみやこ。
多分、優勝した。(ハズ)
久しぶりに写真見たら、兄貴と同じ顔でウケました。

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

ごきげんいかがですか。
司会太郎です。

北海道、秋に突入した模様です。
空の雲の形、朝夜に感じる風、増進してきた食欲。
秋です。


先日、NHK BSプレミアムで『アナザーストーリーズ 運命の分岐点』という
ドキュメンタリー番組を初めて観ました。

過去に起きた国内外の大きな出来事を関係者の証言や資料を通じてその裏にあるもうひとつの物語(アナザーストーリー)を紹介するというもの。

この番組を調べたら、過去の放送内容はあまりにも多岐にわたっています。
各回のテーマを簡単に挙げると——
ダイアナ妃の最後の恋、ベルリンの壁崩壊、コロンバイン高校銃乱射、
燃えよドラゴン誕生、ビートルズ初来日、リーマンショック、
あさま山荘事件、チェルノブイリ、日航機墜落、タイタニック号、
山口百恵、マリリン・モンロー、皇太子ご成婚、エマニエル夫人、
ザ・MANZAI、ケネディ大統領暗殺、「仁義なき戦い」、「男はつらいよ」、
よど号ハイジャック、美空ひばり、ウルトラセブン、東大安田講堂事件、
ハドソン川の奇跡、9.11、3.11、田中角栄、 タイガーマスク、山一証券破綻、
アポロ13号、日活ロマンポルノ、超能力ブーム、冬のソナタ、日本国憲法、
北朝鮮拉致、オグリキャップ、野茂英雄、山口組対一和会、 女子プロレス、
フェイスブック、カーペンターズ、ハリー・ポッター、古今亭志ん朝、
ベン・ジョンソン、沖縄返還、オイルショック、フセイン拘束、
オバマ大統領、 羽生善治、長嶋茂雄、手塚治虫、オードリー・ヘップバーン、
ゾンビ誕生、紅白歌合戦、 007誕生の真実、広島カープ、エリザベス女王、
チェ・ゲバラ、ベトナム戦争、 スヌーピー、M資金、ガガーリン、IPS細胞、
We Are The World、消費税……。

めまいがしそうです。
硬軟不問の「もうひとつの物語」。
あさま山荘スヌーピーですよ。
エリザベス女王エマニエル夫人なんですよ。
別に「と」でくっつける必要はないのですが。
NHK、攻めまくっています。
この番組の存在をもっと早くに知っていればよかった。


先日、「CD開発〜不良社員たちが起こしたデジタル革命」という
テーマが放送されると知って録画したわけです。
北海道歌旅座もCD音楽作品を製造していますので、
無関係ではありません。なので、観ました。
cdsz

世界初のデジタル録音機を開発したNHKの音響技術者だった人物が、
1971年、ソニーに引き抜かれるところからはじまります。

彼は、その開発した録音機が巨大過ぎて
まともに使いこなせないと悪評がたち、
NHKにいづらい状況になっていたのだそう。

そして、ソニーではデジタルオーディオの
開発プロジェクトチームを結成します。
そのメンバー14人はいずれも社内で
「不良社員」と呼ばれていた人たち。
例えば、上司を上司と思わない、
傘がないから雨に日は出社しない、
八代亜紀のレコード「なみだ恋」
毎日のようにオフィスで聴く
——不良ではなく変人たちですね。



簡単に言うと。
従来のアナログサウンドは、
音の波をレコードなどに記録して、
それをレコード針でなぞって音を再現します。
しかし、レコードやカセットテープは
針などの部品を直接に接触させて
連続した電圧の信号を読み取りますが、
磨耗や劣化して音質が悪化していきます。
デジタルサウンドは音を信号化、
それさえ読み取ることができれば、
磨耗や経年劣化がなく音質を未来永劫にわたり
維持できるという革命的な技術。
簡単に言いました。



1976年。
ついに登場したのが
PCMプロセッサー
というデジタルオーディオ機器。
ビデオテープにデジタル録音するというもの。
(その前段階の試作機で初めて録音したのが、
 八代亜紀の「なみだ恋」)

話題沸騰、マスコミにも取り上げられ、
努力が報われたと安堵したのもつかの間、
利用者から猛烈なクレームが寄せられたんですと。
デジタル信号を誤って読み取ってしまい、
雑音の発生が頻発すると。


ソニーも怒り心頭。プロジェクトは解散の危機。
彼らは徹夜に次ぐ徹夜で機器を改良して、
さらにはある秘策を考えました。
世界的有名指揮者であった
ヘルベルト・フォン・カラヤン氏に接触を試みます。
来日したカラヤンの公演リハーサルを「盗み録り」。
本人の許諾なく無断録音しちまったのです。
当時の盛田ソニー会長の自宅を訪れていた
カラヤン本人にそれを聴かせると烈火のごとく怒り狂い、
「音を盗んだってえのか、てめえ」的な
勢いで担当者を責め立てたそうです。
しかし、聴いているうちに次第にそのサウンドに心奪われ、
賞賛に変わり、最終的にその機器を「欲しい」。
ソニー内部で評判が悪かったこのプロジェクト、
以降、後ろ指をさす者は激減。


また、米国の天才音楽アーティストとして知られる
スティービー・ワンダー氏もお墨付きを与えたひとり。
彼は自身で音楽編集もしたかったそうですが、
従来のアナログ編集は録音されたテープを
カッターで切断して貼り付けていくという方法。
目の不自由な彼はそれができない。
のちにソニーが発売したデジタル編集機器で
それを実現することができました。



そして、
「コンパクトディスク(CD)」の誕生
オランダの世界的家電メーカー、フィリップス社が
ソニーと共同でCDの開発を開始。
様々な仕様は両社のあいだで侃々諤々の中、決められていきました。
12センチという直径サイズ、可能録音時間74分というCDは、
フィリップス社が11.5センチを主張していたものを、
ソニーの不良社員がそれを受け入れることは「癪にさわる」から
半ば強引に12センチで決定させたとのこと。
後付けの理由として、たいていのクラシック音楽や
オペラの一幕がCD1枚に収まるのが74分を収録できる12センチ。
11.5センチだと60分しか収録できないらしい。


CDは1982(昭和57)年に発売。
世界初のCDアルバムのひとつは、
ビリー・ジョエルの『ニューヨーク52番街』
当時の価格3500円。
ソニーのCDプレーヤーは168,000円。


番組では、ここで音楽プロデューサーの
松任谷正隆氏が登場。
ユーミンの旦那さんですね。
奥さんのアナログレコードがCDになって発売されて、
その音の「スカスカ感」にガッカリしたといいます。


実は、アナログの音は普通の人間では
聴こえない音域も記録されていたため、
ふくよかな情感を表現していたその要素が
CDではその音域はすべてカット。

デジタル時代になってCD用の
サウンド創りに試行錯誤したそうです。

技術が向上した今から10年前に、
CDとアナログの音の差が
やっと無くなったと実感したのだと。




70年代から本格化したデジタルサウンドは、
今や誰しもが利用しています。
スマートフォンや地上デジタルテレビ放送で。
私たちが日頃に慣れ親しんでいるコトやモノは、
多くの先人たちが技術を築き上げ、磨き上げたのですね。
さて、将来のオーディオは如何なるものに?


と、まとめましたが、ある意味でNHKの番組宣伝。
北海道歌旅座のCDもこちらで好評発売中。



CDの、もうひとつの物語は球場で。
現在最下位。↓
cd-capz



ごきげんよう。



    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

私の徒然日記、いっこうに歌にまつわる話を書かない
ことを不思議に思われる方もいるでしょうけれど、
歌はそもそも『生きているそのものこそが歌だ』と
思ってますので、私の日々の歌が 届いていれば嬉しいです。
今日は、40歳過ぎにはちょうどいい物語をひとつ。

私もそれなりに歳を取った。それなりに。
こういう職業なこともあって、定期的に健康診断なんか
行く訳もなく、所謂 『自己管理』が非常に大切な訳
ですけれど、さすがに血液検査くらいはしておこうと
去年、自分に突き刺さる針から目を背けながら、真っ赤な汁
を採取した。
結果から言うと、ガンマーgt?がなかなかな数値を叩き
出していた。軽く焦りました。いや、結構焦りました。
肝臓の機能が弱ってるっつぅやつです。
どうりで、やけに疲れやすい訳だ。肌の色も悪いし、
尿の色も悪い。マイッタナァ。。

皆さんの声が聞こえるわ。
『お酒ばっかり呑んでるからよっ』『毎日毎日全国各地で
おいしいもん食べて呑んでってやってるからよっも~っ』
その通りです。イチミリも間違ってないです。
なるべくしてなった身体です。

医者曰く、お酒の量を減らすことは勿論だが、
とにかく米は食べなくて良い と。米を食べない分、卵を
食べなさいと。
親子丼の具だけ食べなさいと。そんな感じ。
坂東英二かっ!と心の中でツッコミを入れつつ、がしかし
身体が資本ですから、それくらい言うこと聞こうじゃないか。
大人なんだから。

旅の最中は、ありがたいことに朝食には大抵卵があるので
2個投入してます。生卵は飲んでます。ロッキーの如く。
もうギブという時に 『もう一個食べたほうがイイゾ』と
BOSSがゆでたまごを持ってきてくれたりする。
歯の隙間はおかげさまで 真っ黄っ黄っす。
誰か私に牛乳を~~っ!(分かる分かる。)
今、家の冷蔵庫には、卵は勿論、卵豆腐に茶わん蒸し、
ゆでたまごに煮卵…等々が常備されており、
今まで卵好きなほうだったけど、軽く嫌いに
なりそうなくらいお付き合いさせてもらっている。
薬だと思えばね。なんてこったないです。

_20180821_160429


母さんに聞いたところ、父さんも現役時代 同じだったらしい。
血か。
困ったもんです。親子して。

こうやって、気にして生きている部分と、心のどこかで
『そんなに生き方変えられないっす。』という部分との狭間で
もがいているのが現状でしょうか。人間は本当にワガママだ。
自分の身体の声を自分が聞かないで 誰が聞くというんだ。ねぇ奥さん。
茶わんに ほんのちょっこしだけ入った米を、大事に大事に噛むと
いつもよりうまさが ぎゅんぎゅん入ってきます。

まだまだ走らなきゃいけないっすから。
頑張ります。
卵の差し入れはご遠慮くださいね。
    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

今日19日は休養日。
彼らはゆっくり休めているのか。
はたまた ようやく見えてきた頂点を目指し、その前に
越えねばならぬ明日の闘いのために、さらなる汗を
流しているのか。
そう、記念となる第100回目 夏の甲子園。
残る日程は 明日準決勝、そして明後日決勝のあと二日。
今年のドラフトの目玉と言われているあの選手やあの選手は
自分の思い通りの結果を残せているのか…。

自分が得意分野ではない分 スポーツ観戦が好きで、
分けても野球はトップクラス。
プロ野球熱もかなり旧いが、それより以前、高校野球に
関しては小学校低学年から 春も夏もできる限りTV観戦してきた。
プロに入り、華やかに活躍し、そして去っていった多くの
スター選手達の甲子園での勇姿もリアルタイムで見てきたものだ。
何せ 小学校から見ているから 出場している選手達は
私にとって皆 "お兄ちゃん”。
その感覚が強かったから 何故か三十路近くまで 画面に
映る高校球児の姿は はるか年上になっても "お兄ちゃん達”
でしかなかった。
当時 その感覚を友人に話したら "何を馬鹿なことを…”
と笑われたっけ。ごもっとも、ごもっとも。
流石に 監督でさえ年下が多いこの頃は "そんな時代も
あ~ったね♪”と苦笑する、懐かしき甲子園の想ひ出。

まずはやはりあたり前に地元の出場校を応援するが、残念
ながら敗退した後に、そこから応援するチーム・お気に入りの
選手を見つけるのが楽しい。
中・高生の頃は どこかアイドルを探すような視線もあったかな?
でも、そこから先はやはり どんな試合をするのか、負けたら終わりの
戦いの中、一球に泣き笑いするその姿を追ううちに、自然と
力を入れて見てしまうチームが出来てくる。

_20180818_131521


そう言えば、母は兵庫県尼崎の生まれだが、私がまだ
"バブバブベぃびぃ”の頃に亡くなった母方の豪傑な祖母がやはり
高校野球好きで 西宮の甲子園に通っては どのチームも応援し、
試合後は球児が引きあげる通路に走り、泣きながら通る負けたチームに
『来年も来いよ~~~!』と、自分も泣きながらいつもいつも
声をかけていたらしい。
血?血なのか?

『前へ!前へ!』という曲を書いた。
当時、北海道にもプロ野球の独立リーグを、という話があって、
具体的ではないが その応援歌を…という うっすらとした
話の中で書きあげたのが この曲だった。
小さな頃から好きだった高校野球。
そして10代の終わりからのめり込んだプロ野球。
その一球、その一打から生まれる涙が見せてくれる世界が
私にとっての『前へ!前へ!』だった。

高校野球にもプロ野球にも思いを綴ろうとすると駄文に
拍車がかかるので、またいつか機会があれば、的を絞って
書かせてもらおう。

入場行進・開会式・選手宣誓で始まり、そして歓喜と無念の
涙から一転、優勝・準優勝校の全選手で行う国旗・大会旗の
降納(これは2000年まで行われていた。諸事情により現在は
全員で所定の位置から見守る形になっている。残念ながら…)
まで見届けてこそ球児たちとうさぎの夏は終わる。

koshien2018


さあ、あと二日。
敗者の涙も背負った4チームよ。
握りしめたその拳で自らを奮い立たせて その一球、その一打に
前へ、前へと向かっておくれ。
第100回メモリアル高校野球の頂点に向かって、
Just  Go!!
    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

このページのトップヘ



© DMJ, INC. ALL RIGHTS RESERVED.