北海道歌旅座コンサートスケジュール

歌旅座テレビ
サーモンズPOLOシャツ

カテゴリ : 北埜うさぎ

夏バテしました。
"暑中見舞い"される側になりました。と言っても少し前の話。
今はすっかり元気元気!!

あれは今月上旬、あの猛暑が記録的に続いた頃。
巷では125年ぶりの記録とのニュースから、どこへ行っても
挨拶代わりに "125年ぶりですってねぇ"  という言葉から
会話が始まる有様。
誰か一人くらい「そう言えばあの時も暑さが続いて酷かった!」
と言う人が居てもよさそうだけど、残念ながら私の周りには
そんな付喪神(つくもがみ)のような人はいなく…。
とにかく 頭が痛い、吐き気がする、ダルい、ふらつく、
熱いのに寒気がする…といった症状で、自身の体内ドクターの
"これは夏バテと熱中症のハーフ&ハーフですな"との声をうけ、
1~2日ひたすら安静に、行動は夜涼しくなってからの麻雀のみ、
という特効薬を用い、大事に到らず回復した。

何故こんな事態になったのか?
だって『裏参道祭り』頑張ったんだもん!!
ちょうどメンバーが道南ツアーの真っ最中、我らがアジト
「円山夜想」のある円山裏参道では 恒例の夏祭りが開催
(7/2の本間店長のブログに詳細)
わずか六丁ほどの区画の屋台に のべ数万人が訪れる
一日限りの夏祭り。

裏参道


この祭りに出店するようになって13年目。
時の流れと当日のスケジュールにより毎年作業にかかわるスタッフは
移り変わっているが、最初からの皆勤賞は私とイソちゃんこと磯部の二人。
毎年、前年度の売上を照らし合わせ、当日の天候・気温を予測して
食材や容器を用意し 下準備にかかる。
焼き鳥約3000本、プラカップや容器数千個、やきそばやカレーなど
数百食分、などなど。
今年は祭りにかけられる人手が足りず イソちゃんと二人凸凹コンビの
大車輪をフル稼働させて準備にあたった。

ここ数年は屋台で出すメニューも定番におさまったが、振り返れば
この13年の間、様々な一品が登場し 消えていった。
初期の頃 タラバの足や貝殻付きホタテのバター焼き なんていう
贅沢なメニューもあった。
日がな一日、屋台の裏手で サングラスに頭をタオルで巻いたBOSSが
腰をおろし、ひたすらカニとホタテにハサミを入れていた。
明るい裏参道祭りの一角で そこだけ妙に怪しいものを売っている
異国の裏街道の風情をかもしだしていたことも含め、
コストや労力に実が伴わず 翌年には消えていった。
スイカのスムージーも 作っている人間がスムージーまみれになり、
表に出ることなく これまた消えていった…。
チュロス・一口コロッケ・カリーブルスト etc…。
その年の屋台を彩ってくれた懐かしいメニューたち。
今は定番とはいえ カレーも焼きそばもオリジナルメニューである。
特に焼きそばは 特製の辛いソースにトッピングにはハラペーニョを
使う "ピリ辛焼きそば"  これがお陰様で 味を覚えて毎年
買ってくださる方も多い人気のメニュー。

祭り当日は、今年の人手不足を知って、いつも歌旅座を応援して
下さっているD軒ご夫婦とO&Iさんが助っ人を買って出てくれた。
本間店長の号令の元、イソちゃん親族や店の常連のAちゃん、
元社員のKっしーと共に、祭りを楽しむには好天気・ただ売る側
としては地獄の猛暑の中、休む間もなくひたすら作りまくり
売りまくり、ほぼ完売状態で祭りを終えた。
嬉しいのは皆クタクタになりながらも 「楽しかった!!」と
言ってくれたこと。
そう、こういったお祭りは やってる側も楽しまなくちゃ!!
大きく花開いては消えていく打ち上げ花火のようなこの一日。
苦行になっては意味がない。
片付けを終えて、汗と炭と油にまみれたボロ雑巾のようになった
互いを笑顔で労いながら食べたD軒マスター差し入れの
冷たいお蕎麦の美味しかったこと!!
いつもに増して極上の美味だった。うま・うま♥

そんな裏参道祭りの準備→当日→後片付けと続いたもので
冒頭のようにバテバテになったうさぎだが、もうすっかり
元気・元気でおま♪

さぁ 次なる祭りは 8月11日。
お陰様でソールドアウトとなった "北海道歌旅座 夏祭り2017"
この日は、祭りが本来持つ『感謝』の意味も込め、出演者一同
楽しんでステージに挑みます。
暑さは熱さではね返して パワー全開でお届けしますね。
どうぞ お楽しみに!!

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11種類の野菜を入れた "夏野菜カレー"。
食べるというより、これを作って振る舞うことによって
うさぎのエネルギーはチャージされましたとさ。
めでたし めでたし。

昭和64年(1989)1月7日、昭和は幕を閉じた。

昭和天皇が体調を崩された前年の秋以来、
世の中は華やかな事を極力おさえた〝自粛モード〟であったが
この日の早朝に崩御されてからは、テレビ・ラジオはCMを自粛し、
特別番組を流し続けた。 
(その為レンタルビデオ店は大盛況、棚がスカスカになったのが懐かしい)
街のあちこちには半旗が掲げられ、営業をとりやめる店、
営業しても笑顔はおさえ、喪章をつけて対応する店など、
少なくとも数日は日本中がお通夜状態となった。

かくいう私も気がつけば太めの筆ペンを持たされ、
当時勤めていたオフィスの入り口に貼る『喪に服すため、営業自粛云々』
という意味の張り紙を書かされていた。



ーーー元号が変わるなんて、歴史の教科書の中だけのことーーー
漠然とそんな風に考えて、いや考えてもいなかったから
小渕官房長官(当時)が掲げた『平成』という新元号がなんとも馴染めず
〝なんだか軽いなぁ、薄いなぁ、頼りないなぁ〟そう感じていた。
と同時に『昭和』という響きが重厚で愛おしく、戻りたいけど戻れない、
とても大切な物を失ったような感覚に戸惑ったことを覚えている。


明治は遠くなりにけり
これは昭和6年に詠まれた有名な句の一節であるが、
いつかは『昭和は遠くなりにけり』なんて感慨を抱くのか。
とその頃思っていたのだが、いやいやどうして、平成も29年も経つというのに
そう遠くに行ってしまったイメージがない。
どうしてなんだろう?

『明治』が45年『大正』が15年に対し『昭和』は64年もあったこと。
そしてその間には大きな戦争が起こり、敗戦を経験し、
そこからの復興や急激な高度成長において、生活様式も大きく変化し、
文明や文化も格段に進歩したこと。
まもなく平成が終わろうとしても、今の私達の生活の基盤はすべて
『昭和』に作られたものだと思えるからじゃないだろうか。

昭和生まれと言っても昭和ひとケタ生まれと、50年以降に生まれた人では
見る景色もずいぶん違うものだろう。
その大きく異なる時代背景を持って産み出されてきた物が色濃く今も息づいている。


かつて〝天皇誕生日〟と呼ばれた4月29日
今は『激動の日々を経て 復興を遂げた昭和の時代を顧み
               国の将来に思いをいたす為の国民の祝日』 
と定義づけられて〝昭和の日〟と命名された。

その〝昭和の日〟である今日、北海道歌旅座は江別市民会館にて
『昭和のうたコンサート』をお届けする。
きっと会場は、激動の日々を生き抜いてきた多くの昭和生まれの
人々で埋め尽くされるのだろう。
お届けする曲はどの曲もセピア色に移り変わった郷愁だけではなく
 今なお人を魅きつける力強さを持った曲ばかりだ。
 そして、その力ある昭和の歌に、JUNCOが、NARIKOが、サーモンズが、
さらに彩りを添えて〝生き続けている昭和〟を会場に響かせることだろう。


あの日、太い筆ペンを手にしながら、時代の移り変わりに
戸惑っていた私に一言教えてあげたい。
〝大丈夫、そう簡単に昭和は消えないよ〟って。

うさぎ_昭和写真
平成元年(昭和64年)4月29日
東急百貨店 玩具売場にて。

レコード部門からキャラクターグッズを扱う、ソニークリエイティブに異動。
GWにセサミ・ストリートグッズのイベントを仕切った時の1コマ。
(クッキーモンスター・うさぎ・ビックバード) 

ー雀の子 そこのけそこのけ お馬が通るー
江戸時代後期の俳人 小林一茶の代表句のひとつである。
”雀”は年中見られる小鳥であるため
単独では季語とならないが、
”雀の子”となると、春を表す季語となり、
力の弱い小さな者への愛情を描いた句の多い一茶
ならではの 優しい目線を感じられる
ほほえましい句だと思う。

歌旅座においても ”雀”は季節を問わず
一年を通してそのさえずりを響かせる。
主な鳴き声は、
『ポン』『チー』『リーチ!』『ロン!!』 
時に
『ちくしょー!』『やられた…』『いえ~ぃ!』『んだよ~っ!』

そう 今回は歌旅座の”雀”こと 『雀友会』のお話。
なんだマージャンか…などと言わずに
気楽にお読み下され。

歌旅座がこよなく麻雀を愛する団体であることは
ライブでブログでDMJラジオで 折あらば
声高に語ってきたので もはや周知のことであろう。
その中でも『雀友会』と銘打つメンバーは
ツアーの合間・営業活動の間に
日々熱い闘いをくり広げている。
一応、一年間をひと区切りとし 
その年の年初から四半期に分けて
細かなデータと共に 正確・冷酷な順位がつけられる。
ちなみに 昨年の結果は
1位 BOSS   3201 ポイント
2位 アリタ  ー90 ポイント
3位 うさぎ  ー281  ポイント
4位 JUNCO   ー418  ポイント
5位 チエ   ー2138ポイント
  ※プロ野球の個人成績と同様、規定打席に足らない
   メンバーは 参考記録として 割愛。

雲上人のBOSSと 残りは全員水面下、
という情けない結果をなってしまった。

年が明けると すべてリセット。
さぁ 今年こそはBOSSを超せずとも 
せめてその背中に肉迫したい。
せめて2位を、せめてプラスを…と
個々熱い闘志を牌と共に握りしめ
闘いをスタートさせて早や3カ月。
第一四半期を終了した。結果は…
またしても昨年の縮図。
冒頭の一茶の句の解釈とは異なるが、
ぴーちくぱーちくさえずっている私たち子雀達を
お馬さんに乗ったBOSS将軍が 見事に蹴散らしていった!
なんて大人気(おとなげ)ない!!ひどい!!

時に 運も大きく作用する麻雀であるから
それぞれ負けてばかりいる訳ではなく
たっぷりと勝ち越して終わる日もある。
雀歴二年目のチエは、昨年は水面下どころか
『深海魚』の成績だった。しかし最近、
異常なほどのツキを得て 周りからは 
そのえげつない上がり方に 『キモい!』『キモ神様だ!』
とも恐れられていたが、やはり運頼みは続かず
数日で大幅に点数を減らし、失意のまま
北陸・関西への営業へと旅立っていった。

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(イラスト ヂュンコゲイブリエル)

三寒四温。
元来、冬期間の気象を表す季語ではあるが
やはり春間近のこの時期にぴったりの言葉だ。
なのにーーーー
『雀友会 』メンバーの点棒の箱の中は
BOSSは盛夏・猛暑・熱帯夜。
子雀たちは相変わらず水面下で小競り合いを繰り広げ
五寒二温、いや五極寒二微温に甘んじていることを
ここにご報告いたします。
いや、まだ第一四半期が終わったばかりだもんっ
残り3シーズン、打倒BOSS・目指せプラスで
頑張るぞー!!

おーぅ!』(JUNCO・アリタ・うさぎ・チエ)


このリレー式ブログも終盤。
以前からテーマは与えられていたのに、ずっと書きあぐねていた。
『9年目の挑戦』だなんて。。。
思いっきりハードルを低くしようか。
いつもは長文なのに、

『北埜うさぎ 頑張ります!
 一生懸命頑張ります!!
 とにかくひたすら頑張ります!!!』

この3行で終わろうか…。

9年目の挑戦とは10年目に、15年目に、その先に実を結ぶこと。
歌旅座の未来を見据えて、私がやるべきことは何なのだろう?
勿論一番はアレだ。北埜うさぎと言ったらアレだ。
新曲がご無沙汰になっていること。
言い訳ならいくらでも書けるのに、立ち止まったままの自分がいる。
中途に書き連ねた手書きの文字たちが、ファイルの中からうらめしそうな目を
向けているのに気づきながら、見ないふりをしてきた。
まるで他人事のように自分に期待し、自分に失望する日々が続いていた。
今一度目をそらさずに、あの産みの苦しみに立ち向かっていこう。

私が紡いできた曲たちは本当に倖せ者だ。
何故なら、JUNCOがそこにありったけの魂を込めてくれるから…。

ひとつひとつの言葉たちが命を得て、鮮やかに躍動する。
書き上げた詩に曲がつき、歌入れをしたものを初めて聴いた時の
あの震えるような想いを、感動をもう一度、いや何度でも味わっていこう。

9年前に描いたゴールは今やゴールではない。
私達は何と長い旅に出たことか…。
BOSSが願う「100年続く歌旅座」のためにも『北埜うさぎ』として残していくものに、 
それこそ『握りしめたその手』で自分の胸も頭も、
なんだったらお尻もたたいて立ち向かっていこう。
9年目を迎えた今、そう強く思っている。
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おまけとして ーーーー
 少々頼りないだろうが、私は歌旅座みんなの『姉さん(母さんではない)』だと思っている。
走っていくみんなの後ろ姿を見ながら、時に遅れそうな子の背をたたき、
時に気づかずに落とした物があれば拾いあげ、一番後ろからこの旅を楽しんでいく。
その想いは旅の始めの一歩から、9年目の今も、
そしてずっと変わらず、気負わず、そのままでいようと思う。

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( 画・ヂュンコゲイブリエル)

週に一度全道各地(長崎 壱岐・LAにも)にお届けしている
ラジオ番組”ディスカバリー・ミュージック・ドット・ジェイピー”
最近では放送されていない地域の方々にもこのホームページ
通してお楽しみいただけるようになっています。

JUNCOと私 北埜うさぎがパーソナリティーを務め、
歌旅座の楽曲を交えながら、ツアーに関する
四方山話を中心に進めていく一時間番組です。

時折「無秩序・無計画」「知性も理性もない」を売り言葉に、
この妙齢の美女二人が音楽とはかけ離れた
まったくたわいもない話を ”口角泡を飛ばす” 勢いで
語り尽くしてしまうこともあります。
例えば、トイレットペーパーはシングル派か、ダブル派か?
その利点、難点は?とか
もし自分の大切な人達が皆ゾンビになってしまった場合
自分はどうするか?とか・・・。
こう書くと 何とも実のない話ですな。はい。
スタジオのガラス越しの川辺ディレクター(通称ダル)はいつも
微笑・苦笑・失笑・爆笑をローテーションで繰り返している現場です。
マインドは限りなく ”昭和” なJUNCOと ”昭和” をよく知っているうさぎの
気がおけない アナログなかけ合い。
どうぞ肩の力を抜いて、お茶でも オチャケでも片手に
聴いていただけたらと願っております。
50000000
そこで(どこで?)お願いついでに、そんな昭和チックな番組に鮮やかな
色を添えるべく、皆様の昭和にまつわる思い出話を募集します。
懐かしいあんなこと、こんなこと。心に残る楽曲の思い出やエピソード。
どのような形でも構いません。
送っていただいたお話を この番組で紹介させていただきます。
あの頃の楽しかったことも 辛かったことも ひとつの思い出として
番組を通して残してみませんか?
沢山の思い出話 ご応募をお待ちしております。   

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