北海道歌旅座コンサートスケジュール

歌旅座テレビ

カテゴリ : 北埜うさぎ


一年の行事や風物詩を迎える度に 
“もうそんな時期?”とか“もう一年経っちゃったんだ”
などと感嘆半分、ため息半分の言葉を吐いてしまう。
家を与る奥様方は特にこんな思いを強く抱かれると思われ・・・。

今年もまた「ドSの季節」がやってきた  (2016.11.17ブログ『ドS の季節』参照)

九月も半ばになるとスーパーの平台には様々な漬物用食材が積み上げられる。
買い物の度に横目で眺め、今年は早めに動きましょ、と思っていたのにイソちゃん
ことイソベ副隊長と、少しでも安く材料をゲットすべく小春日和に郊外まで車を
走らせたのは、去年とほぼ同じタイミング。
漬物作りも十年を超えると、脳も身体も一年の周期を覚えてしまっているのかもしれない。

安く、品揃えも多いその店で、やはり大きなカートに大根や白菜の大袋や、ぬか・酒粕・
麹などを載せている人と何人もすれ違った。
どちらかというと年配者が多いかな?

『同士よ、今年もお互いに良き“漬かり”を!!』
などと心の中でエールを送り店を後にした。

その店で手に入らなかった赤かぶを帰路の反対車線側、ともすれば見過ごしそうな
小さな青果店の片隅に発見!
カーチェイスさながらイソちゃんにUターンしてもらい、めでたくゲット。
ここ一週間で一番HAPPYな瞬間だった。

去年から漬け始めたこの赤かぶ。
硬いかぶを薄くスライスする手間をのぞけば、ごく簡単に、しかも秋に漬けて春先
まで色も味もかわらず楽しめる優れもの。

たくあん・粕漬けとともに、刻んだ昆布とこの赤かぶを一緒に盛り付ければ彩りよく、
ご飯もお酒もすすむ自慢の漬物一座。

いつにもまして前のめりに駆け抜けたこの一年の終わりに、少しでも皆をねぎらう一品
となりますように・・・。
十一月はそんな思いを胸にイソベ副隊長と共に、下準備・塩漬け・本漬けと『ドSの血』
をたぎらせて漬物道を邁進していこう。
本漬けの最後の“美味しくな~れ、美味しくな~れ”の儀式も忘れずに・・・。
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珍しく会社のデスクで難しい顔をして作業をしていたJUNCOに、
買ってきた大根二本 「ほれっ!」と掲げて見せたら、満面の笑みに変わった。
真冬の青空のような、何とも言えないいい笑顔をもらった。

このブログを愛読されてる方や JUNCOと私、北埜うさぎがパーソナリティを
務めているラジオ番組「ディスカバリーミュージックドットジェィピー」を
お聴きの方多くがご存知と思うが、歌旅座の面々はとにかく硬いご飯が大好きだ。 
JUNCOは番組内でもよく旅先で出会った頂いた美味しいものの報告と共に
「どこそこのホテルの朝食のご飯が信じられない程やわらかくて・・・」と 
涙を流さんばかりに訴えることが多々ある。

硬飯好きの筆頭はBOSS 
『もう、これってめっこ飯(北海道弁でござる)じゃね?』
と言われそうなほどの硬めのご飯をこよなく愛す。
が故に当然といえば当然なのだが、旅先で好みのご飯に出会う確率は限りなくゼロに近い。
だから今回のように長いツアーに出ると、残る身としては道中の安全を願うと共に 
「どうか少しでも硬めのご飯とめぐり合いますように・・・」とついつい祈ってしまう。

さて今回はそんなご飯の友?お供?のお話。
我が家の白米はとてもフレンドリーな性格。
だからうちの冷蔵庫の中は友だちがいっぱい!友情に 満ち溢れている。
ざっと見回すと、梅干は定番の粒のもの、カリカリ小梅を刻んだもの、
フレーク状のふりかけタイプ。
佃煮は あさり、唐辛子のり、わさび昆布、唐辛子昆布、牛肉そぼろ、しそ昆布
漬物は常時2~3種類、市販のつぼ漬けには輪切りの鷹の爪とごまを合えて
これでもかというほどの激辛明太子。
熊本のきくらげコリコリ漬けや激辛高菜 
東北の青南蛮を漬けた物は生姜の佃煮と共に細かく刻んで合えてある。
(だんだん辛いもの自慢になってきちゃった・・・)
わさび漬け、ホタミミジョ、塩うに etc・・・
夏に出回る道内産の青 南蛮は麹と醤油を使い自家製辛味噌にして長期保存できる
ようにしてある。
と、まあこんなふうに書ききれないほどのご飯の友だちが、次なる食卓のメインの脇に
置かれる時をじっと待っている状態だ。
その日の献立のメインが肉料理であっても、魚料理であっても
締めの一口は白いご飯とお友だち。
これが至福の時だ、と勝手に思ってる。
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ご飯の友からは少しそれるが、
もう十何年愛用しているお醤油は八雲町で作られている昆布醤油。
短冊切りの昆布そのものが入ったまろやかな風味が気に入り使い続けている。
今、某所でギターと指揮棒を握る息子は、このお醤油を混ぜただけのご飯を握った
 “おしょうゆおにぎり”が大好物でおかず無しのこのおにぎりでひたすら大きくなった・・・ような気がする。

一日の始めと一日の終わり、我が家のご飯はたくさんの友だちを従えて 
『さあ、次なる公演も頑張っておくれよ、そのために我々は力になるぜぃ』
と鼻息荒く出番を待っている。
ならば私は、長い旅の疲れをねぎらうためにも今日は腕によりをかけてめっこ飯に近い
硬めのご飯を炊くことにしよう。

ちなみに
長いツアーの間、お留守番している私は自分のためにご飯を炊く事がまずない。
パンや麺類、ご飯無しの一人鍋なんかで殆ど済ませてしまう。
私にと っての“ご飯の友”は、もしかしたらメンバーみんなの笑顔なのかもしれない。
などと、ちょっといい話風に締めて今回はおし米。
いや、おしまい!

秋の日は釣瓶落とし
そういえば「釣瓶(つるべ)」って何だっけ?
たしか井戸の中の水を汲むあの桶のことだったような…
なんて考えているうちに、気がつけばこのことわざのようにストンと
日が暮れるようになってしまいました。
夏の名残りを惜しむように日中はまだ半袖でウロウロしてはいますが、
あれほど火照りを癒してくれたフローリングが裸足のままでは冷えばかりを
感じるようなこの頃です。

秋です。

このブログのトップをご覧いただければわかるように長期ツアーの少なかった
この夏とは一変して怒涛の本州長期ツアーが始まります。
このスケジュール一覧表をJUNCOは「薬箪笥」のよう…と表現していたような。
JUNCOとダルはソロライブのため道北を回り、記載されていないけどBOSSと
アリタはタイへ出稼ぎ、その他のメンバーもそれぞれ営業を抱えこの秋のツアー
に突入します。
こんなに長い間みんなと離れていると、もしかしたらもうダルとチエの見分けが
つかないかもしれない…
アリタとナリコなのか、ナリタとアリコなのかも判らなくなってしまうかもしれない…
日本酒とバーボンと激辛フードに人生の半分を奪われているこの身と頭には充分起こり
得ることと危惧の念を抱き、何とかこのままのうさぎを保つべく、ちょっこし関東ツアー
に参戦することになりました。

●9月27日(水)座間ハーモニーホール
ここは隣町の海老名市に住む友人が歌旅座のために一人でも多くのご来場をと奔走して
くれています。
学生時代からウン十年の付き合いなのに会うたびになかなか歌旅座の詳細を伝えられず、
殆ど予備知識のない状態で渋谷公会堂の公演に誘いました。
いやぁ、その後怒られた、怒られた!
「どうしてもっと早く教えてくれないのダ!」-すんまへんー
それ以来、すっかり歌旅座のファンになり「出来ることは何でもするよ」と言ってくれる
身体も心も頼りがいのある大好きで大切な友人です。
この日彼女に会い、彼女と一緒にステージを見守る。
座間の街で友と一緒に「友の町」を感じてきます。

そして

●9月30日(土)日野市七生公会堂
この日のステージはオープニングアクトとして「成蹊大学ギターソサエティ」が
登場します。
うさぎとはただならぬ関係のあのリンタロウが所属するクラシックギターの
合奏クラブです(2016.12.30ブログ参照)
思えば実にいろいろな方々が歌旅座のステージに一緒に登り彩りを添えてくれました。
「悲しいことは数あれど」を歌ってくれた各市町村のみちくさ合唱団。
「君の椅子」では子供たちの声が明るい未来を感じさせてくれました。
その他、吹奏楽あり和太鼓あり踊りにコーラスetc…
そして今回の「成蹊大学ギターソサエティ」
大学に入って初めてクラシックギターを手にする部員が殆んどだと聞いていますが、
年2回の大きな合宿を含め、彼らが日々どれほど熱心にこの部活に携わっているかを
多少は垣間見ている立場としては、それはもう応援せざる得ない!! という訳です。
日野市の公演に訪れるであろう大勢のお客様を前に演奏するというのは彼らにとって
初めての経験です。
異色のコラボですがきっと懐の深いJUNCOおばちゃんがしっかりとその大きな胸
(胸囲です)と背中で彼らを包み込み「ええもん」に導いてくれると信じています。
だから誰よりもしっかり応援し、見守り、そして誰よりも大きな拍手を送ってくる
つもりです。

そんなこんなで関東ツアーちょっこし参戦!!
愛猫メイのお世話はイソちゃんにお願いして行って参ります。
大の地震恐怖症で少しでも地面が揺れるとすっかり人格が変わってしまううさぎのため
にもどうか皆様近海のプレートが穏やかであるよう祈っていて下さいませ。
それでは行ってきまーす。
メイ

夏バテしました。
"暑中見舞い"される側になりました。と言っても少し前の話。
今はすっかり元気元気!!

あれは今月上旬、あの猛暑が記録的に続いた頃。
巷では125年ぶりの記録とのニュースから、どこへ行っても
挨拶代わりに "125年ぶりですってねぇ"  という言葉から
会話が始まる有様。
誰か一人くらい「そう言えばあの時も暑さが続いて酷かった!」
と言う人が居てもよさそうだけど、残念ながら私の周りには
そんな付喪神(つくもがみ)のような人はいなく…。
とにかく 頭が痛い、吐き気がする、ダルい、ふらつく、
熱いのに寒気がする…といった症状で、自身の体内ドクターの
"これは夏バテと熱中症のハーフ&ハーフですな"との声をうけ、
1~2日ひたすら安静に、行動は夜涼しくなってからの麻雀のみ、
という特効薬を用い、大事に到らず回復した。

何故こんな事態になったのか?
だって『裏参道祭り』頑張ったんだもん!!
ちょうどメンバーが道南ツアーの真っ最中、我らがアジト
「円山夜想」のある円山裏参道では 恒例の夏祭りが開催
(7/2の本間店長のブログに詳細)
わずか六丁ほどの区画の屋台に のべ数万人が訪れる
一日限りの夏祭り。

裏参道


この祭りに出店するようになって13年目。
時の流れと当日のスケジュールにより毎年作業にかかわるスタッフは
移り変わっているが、最初からの皆勤賞は私とイソちゃんこと磯部の二人。
毎年、前年度の売上を照らし合わせ、当日の天候・気温を予測して
食材や容器を用意し 下準備にかかる。
焼き鳥約3000本、プラカップや容器数千個、やきそばやカレーなど
数百食分、などなど。
今年は祭りにかけられる人手が足りず イソちゃんと二人凸凹コンビの
大車輪をフル稼働させて準備にあたった。

ここ数年は屋台で出すメニューも定番におさまったが、振り返れば
この13年の間、様々な一品が登場し 消えていった。
初期の頃 タラバの足や貝殻付きホタテのバター焼き なんていう
贅沢なメニューもあった。
日がな一日、屋台の裏手で サングラスに頭をタオルで巻いたBOSSが
腰をおろし、ひたすらカニとホタテにハサミを入れていた。
明るい裏参道祭りの一角で そこだけ妙に怪しいものを売っている
異国の裏街道の風情をかもしだしていたことも含め、
コストや労力に実が伴わず 翌年には消えていった。
スイカのスムージーも 作っている人間がスムージーまみれになり、
表に出ることなく これまた消えていった…。
チュロス・一口コロッケ・カリーブルスト etc…。
その年の屋台を彩ってくれた懐かしいメニューたち。
今は定番とはいえ カレーも焼きそばもオリジナルメニューである。
特に焼きそばは 特製の辛いソースにトッピングにはハラペーニョを
使う "ピリ辛焼きそば"  これがお陰様で 味を覚えて毎年
買ってくださる方も多い人気のメニュー。

祭り当日は、今年の人手不足を知って、いつも歌旅座を応援して
下さっているD軒ご夫婦とO&Iさんが助っ人を買って出てくれた。
本間店長の号令の元、イソちゃん親族や店の常連のAちゃん、
元社員のKっしーと共に、祭りを楽しむには好天気・ただ売る側
としては地獄の猛暑の中、休む間もなくひたすら作りまくり
売りまくり、ほぼ完売状態で祭りを終えた。
嬉しいのは皆クタクタになりながらも 「楽しかった!!」と
言ってくれたこと。
そう、こういったお祭りは やってる側も楽しまなくちゃ!!
大きく花開いては消えていく打ち上げ花火のようなこの一日。
苦行になっては意味がない。
片付けを終えて、汗と炭と油にまみれたボロ雑巾のようになった
互いを笑顔で労いながら食べたD軒マスター差し入れの
冷たいお蕎麦の美味しかったこと!!
いつもに増して極上の美味だった。うま・うま♥

そんな裏参道祭りの準備→当日→後片付けと続いたもので
冒頭のようにバテバテになったうさぎだが、もうすっかり
元気・元気でおま♪

さぁ 次なる祭りは 8月11日。
お陰様でソールドアウトとなった "北海道歌旅座 夏祭り2017"
この日は、祭りが本来持つ『感謝』の意味も込め、出演者一同
楽しんでステージに挑みます。
暑さは熱さではね返して パワー全開でお届けしますね。
どうぞ お楽しみに!!

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11種類の野菜を入れた "夏野菜カレー"。
食べるというより、これを作って振る舞うことによって
うさぎのエネルギーはチャージされましたとさ。
めでたし めでたし。

昭和64年(1989)1月7日、昭和は幕を閉じた。

昭和天皇が体調を崩された前年の秋以来、
世の中は華やかな事を極力おさえた〝自粛モード〟であったが
この日の早朝に崩御されてからは、テレビ・ラジオはCMを自粛し、
特別番組を流し続けた。 
(その為レンタルビデオ店は大盛況、棚がスカスカになったのが懐かしい)
街のあちこちには半旗が掲げられ、営業をとりやめる店、
営業しても笑顔はおさえ、喪章をつけて対応する店など、
少なくとも数日は日本中がお通夜状態となった。

かくいう私も気がつけば太めの筆ペンを持たされ、
当時勤めていたオフィスの入り口に貼る『喪に服すため、営業自粛云々』
という意味の張り紙を書かされていた。



ーーー元号が変わるなんて、歴史の教科書の中だけのことーーー
漠然とそんな風に考えて、いや考えてもいなかったから
小渕官房長官(当時)が掲げた『平成』という新元号がなんとも馴染めず
〝なんだか軽いなぁ、薄いなぁ、頼りないなぁ〟そう感じていた。
と同時に『昭和』という響きが重厚で愛おしく、戻りたいけど戻れない、
とても大切な物を失ったような感覚に戸惑ったことを覚えている。


明治は遠くなりにけり
これは昭和6年に詠まれた有名な句の一節であるが、
いつかは『昭和は遠くなりにけり』なんて感慨を抱くのか。
とその頃思っていたのだが、いやいやどうして、平成も29年も経つというのに
そう遠くに行ってしまったイメージがない。
どうしてなんだろう?

『明治』が45年『大正』が15年に対し『昭和』は64年もあったこと。
そしてその間には大きな戦争が起こり、敗戦を経験し、
そこからの復興や急激な高度成長において、生活様式も大きく変化し、
文明や文化も格段に進歩したこと。
まもなく平成が終わろうとしても、今の私達の生活の基盤はすべて
『昭和』に作られたものだと思えるからじゃないだろうか。

昭和生まれと言っても昭和ひとケタ生まれと、50年以降に生まれた人では
見る景色もずいぶん違うものだろう。
その大きく異なる時代背景を持って産み出されてきた物が色濃く今も息づいている。


かつて〝天皇誕生日〟と呼ばれた4月29日
今は『激動の日々を経て 復興を遂げた昭和の時代を顧み
               国の将来に思いをいたす為の国民の祝日』 
と定義づけられて〝昭和の日〟と命名された。

その〝昭和の日〟である今日、北海道歌旅座は江別市民会館にて
『昭和のうたコンサート』をお届けする。
きっと会場は、激動の日々を生き抜いてきた多くの昭和生まれの
人々で埋め尽くされるのだろう。
お届けする曲はどの曲もセピア色に移り変わった郷愁だけではなく
 今なお人を魅きつける力強さを持った曲ばかりだ。
 そして、その力ある昭和の歌に、JUNCOが、NARIKOが、サーモンズが、
さらに彩りを添えて〝生き続けている昭和〟を会場に響かせることだろう。


あの日、太い筆ペンを手にしながら、時代の移り変わりに
戸惑っていた私に一言教えてあげたい。
〝大丈夫、そう簡単に昭和は消えないよ〟って。

うさぎ_昭和写真
平成元年(昭和64年)4月29日
東急百貨店 玩具売場にて。

レコード部門からキャラクターグッズを扱う、ソニークリエイティブに異動。
GWにセサミ・ストリートグッズのイベントを仕切った時の1コマ。
(クッキーモンスター・うさぎ・ビックバード) 

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