北海道歌旅座コンサートスケジュール

歌旅座テレビ

カテゴリ : 北埜うさぎ

今日19日は休養日。
彼らはゆっくり休めているのか。
はたまた ようやく見えてきた頂点を目指し、その前に
越えねばならぬ明日の闘いのために、さらなる汗を
流しているのか。
そう、記念となる第100回目 夏の甲子園。
残る日程は 明日準決勝、そして明後日決勝のあと二日。
今年のドラフトの目玉と言われているあの選手やあの選手は
自分の思い通りの結果を残せているのか…。

自分が得意分野ではない分 スポーツ観戦が好きで、
分けても野球はトップクラス。
プロ野球熱もかなり旧いが、それより以前、高校野球に
関しては小学校低学年から 春も夏もできる限りTV観戦してきた。
プロに入り、華やかに活躍し、そして去っていった多くの
スター選手達の甲子園での勇姿もリアルタイムで見てきたものだ。
何せ 小学校から見ているから 出場している選手達は
私にとって皆 "お兄ちゃん”。
その感覚が強かったから 何故か三十路近くまで 画面に
映る高校球児の姿は はるか年上になっても "お兄ちゃん達”
でしかなかった。
当時 その感覚を友人に話したら "何を馬鹿なことを…”
と笑われたっけ。ごもっとも、ごもっとも。
流石に 監督でさえ年下が多いこの頃は "そんな時代も
あ~ったね♪”と苦笑する、懐かしき甲子園の想ひ出。

まずはやはりあたり前に地元の出場校を応援するが、残念
ながら敗退した後に、そこから応援するチーム・お気に入りの
選手を見つけるのが楽しい。
中・高生の頃は どこかアイドルを探すような視線もあったかな?
でも、そこから先はやはり どんな試合をするのか、負けたら終わりの
戦いの中、一球に泣き笑いするその姿を追ううちに、自然と
力を入れて見てしまうチームが出来てくる。

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そう言えば、母は兵庫県尼崎の生まれだが、私がまだ
"バブバブベぃびぃ”の頃に亡くなった母方の豪傑な祖母がやはり
高校野球好きで 西宮の甲子園に通っては どのチームも応援し、
試合後は球児が引きあげる通路に走り、泣きながら通る負けたチームに
『来年も来いよ~~~!』と、自分も泣きながらいつもいつも
声をかけていたらしい。
血?血なのか?

『前へ!前へ!』という曲を書いた。
当時、北海道にもプロ野球の独立リーグを、という話があって、
具体的ではないが その応援歌を…という うっすらとした
話の中で書きあげたのが この曲だった。
小さな頃から好きだった高校野球。
そして10代の終わりからのめり込んだプロ野球。
その一球、その一打から生まれる涙が見せてくれる世界が
私にとっての『前へ!前へ!』だった。

高校野球にもプロ野球にも思いを綴ろうとすると駄文に
拍車がかかるので、またいつか機会があれば、的を絞って
書かせてもらおう。

入場行進・開会式・選手宣誓で始まり、そして歓喜と無念の
涙から一転、優勝・準優勝校の全選手で行う国旗・大会旗の
降納(これは2000年まで行われていた。諸事情により現在は
全員で所定の位置から見守る形になっている。残念ながら…)
まで見届けてこそ球児たちとうさぎの夏は終わる。

koshien2018


さあ、あと二日。
敗者の涙も背負った4チームよ。
握りしめたその拳で自らを奮い立たせて その一球、その一打に
前へ、前へと向かっておくれ。
第100回メモリアル高校野球の頂点に向かって、
Just  Go!!
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一瞬だけ迎えた猛暑のあとは 雨模様のパリッとしない日が
続いているが、おそらくは もう間もなく、北海道にも
夏らしい日々が戻ってくるだろう。
夏らしい暑さ…夏らしい味…
ふと、私にとっての"夏らしい味”って何だろう、と
考えたある日の昼下がり??

う~ん、
以前ブログに書いたような気もするが、スイカはとりたてて好物
ではない。
スイカに限らず、果物全般にさほど心踊らされはしない。
色が綺麗だな、とか 可愛らしい形をしているな、とは思うのだが
「食事の後はフルーツでしょ!!」とはならない。
今は 身体のために毎朝、ちぎったバナナにやわらかいお酢を
ブンブンふりかけて食べているが(ゲッ!って思われた方々、
確かに慣れるまではゲッ!なものです)これはもう薬代わり。

冷麦?
我が家では夏はもちろんだが、真冬の乾燥した暖かい部屋で
薬味たっぷりと食べる冷麦は、その冷たい喉ごしが絶品で
一年中食べられるよう用意してある。

その逆に 暑い暑い日に ぐらぐら煮えたぎる土鍋一面に
唐辛子をいっぱいふりかけて頂く"鍋焼きうどん”もまた好物で、
役に立たない訳ではないのだが、さながら食の『夏炉冬扇』
と化している。

かき氷?アイス?トマト?うなぎ?う~~ん…。
と考えてたどりついたのが、一番ベタなものだった。
とうもろこし。
やっぱりこれだな。
今はいろいろな物が季節を問わず手に入るし、夏冬に
とうもろこしも見つけることが出来るかもしれないが、
今のところ私の瞳には入ってこない。
函館で過ごした小学生時代。夏休みのおやつは 母が朝市で
買ってきた実がプリプリしているとうもろこしだった。
毎日だと飽きてもくるが、あの茹でたての香りには
飽きることがなかった。

とうもろこしに限ったことではないが、昔に比べて種類も増え、
どんどん甘味が強くなっている。
中には生で食べられる、果物のように甘味の深いものもある。
以前は大鍋で10本単位で茹でておいて保存していたが
今は2~3本を早めに食べるようにしている。
地物が出回り始めたスーパーで、重さを比べ、ひげ根と皮の色が
濃いものを見極め、より美味しい物を!と選んでいくのは
闘いのようで楽しい。
見事お眼鏡にかなったとうもろこし達を、最近は
鍋で茹でずに、薄皮一枚残し適度な水分と塩をまとわせ、
電子レンジでチンする食べ方が気に入っている。
このほうが実がふっくらしていて味もより濃く感じる…ような。
昼食代わりに1本、夜バーボンのお供に半分。
爪楊枝をかたわらに置き、エゾリスが木の実を抱えて食べる
ように 大事に大事に小さな実を残さず食べようとする
至福の時間。
夏の間の小さな幸せ。

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(画:ヂュンコ・ゲイブリエル)

私にとっては、季節が過ぎ、店頭からその姿を消すと、
大きな打上げ花火がすーっと消えるように食べたい欲求が
消えていく夏だけの味。

お掃除や洗濯を終えてぽっかりと空いた昼下がりに
ぼーーーっと考えた夏の味。
それが"とうもろこし”だと気付いて 何だかとても腑に落ちて
すっきりした。
さぁ、今年は何回この夏の味を楽しめるかな?

皆さんにとっての"夏の味”は何ですか?
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北埜うさぎのトレードマークと言えば…
などとは気恥ずかしく、おこがましいので声高には言えないが、
"無駄に多いうねうね・くるくるの髪にニット帽"と思われる方も
何人かはいらっしゃるだろう。

昔から帽子は好きだったのだが、元来のものぐさ・ズボラな部分を
隠してくれる利点が幾つかあり、「化粧はせずとも帽子はかぶる」
これがもう うさぎの日常になっている。

私は頭がデカい。
そう言うと 真正面からはそれほどには見えないのか、あるいは
心優しき人々のいわゆる"忖度”というやつか、「そんなこと
ないでしょう?!」と言ってはもらえるが、いやいや、どうしてどうして。
前面は額が丸く広いおでこちゃん。
後頭部は、これはよく美容師にはいい形とほめられる「後ろでこ」タイプ。
小さな小さな頃は写真嫌いで、よくカメラを向けられると ぴぃぴぃ
泣いていたらしいのだが、短く刈り上げられた頭で、涙を〇水で
ぐしゃぐしゃになっているその頃の写真の仔うさぎはまるで
"空豆”だ。
載せないよ!
見せませんとも、そんな写真。ふーーんだっ!!

ほんでもって、小学校低学年の頃ついたあだ名が"でこっぱち”。
懐かしの赤塚不二夫作『もーれつア太郎』の押しかけ子分のデコッ八。
ま、さすがに もうちょっとは可愛かったけどね。

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(画:ヂュンコ・ゲイブリエル)

でこっぱちから長じても 小顔ならぬ小頭にはならなかった。
帽子好きではあるものの、つば付きのおしゃれな"ハット”は、
悲しいかな、物によっては 帽子を脱いだ時に孫悟空の頭の
輪のような跡が残ってしまう。
だから愛用のニット帽の殆どは 女性用ではなくメンズコーナー
で仕入れたものばかりだ。
気がつけば 何十個にも増えた帽子たちは もはや身体の一部
みたいになっている。

そう言えばーーーーーーー

私の父の世代は、外出する時には必ず帽子をかぶっていた。
昭和、いや昭和初期までに生まれた男性の多くは、外出時の着帽は
当たり前だったように思う。
夏は白いYシャツの袖をまくり、頭にはカンカン帽。
秋冬はツィードの背広にソフトな中折れ帽。

昭和 中折れ帽


玄関のコート掛けの上には 季節に合わせた帽子が
常にのっていた。
遊び心にその帽子をかぶると、当時父が使っていたポマードの
匂いが薄く香ったものだ。

父の帽子を思い浮かべる時、何故か同時に浮かぶのは、"ひょい”
という言葉だ。
国語辞典曰く、"ひょい”とは『身のこなしが軽いさま。
または 軽い調子で物事をするさま』を表す言葉。
出かける時は靴べらを使い革靴をはいた後、最後に"ひょい”と
帽子をかぶる。
帰宅すると玄関のコート掛けの上に"ひょい”とのせる。
外出先で気のおけない知人に出会うと "ひょい”と帽子を持ち上げる。
数日の出張から戻ると、お土産めあてに玄関まで出迎えた仔うさぎの
頭に"ひょい”と帽子をかぶらせてから、バッグからお土産を出して
くれたりもした。
今思うと、父達の世代にとっての帽子は お洒落というよりも、もっと
気楽な『嗜み』のようなものだったのかもしれない。

車社会になり、生活様式も変わり、男性も様々なヘア・スタイルを
楽しむようになった今、若い層を中心にいろいろなタイプの帽子を
かぶっている男性を見かけるようになった。
でもそれは、とてもオシャレなものが多い。
私にとっての、あの"ひょい”とした帽子は 懐しの昭和ノスタルジアだ。
旧き良き時代、などと大袈裟にくくる訳ではないが、父の帽子を
思い浮かべると、デジタル表示では測れない、ゆったりとした
時の流れが思い起される。

昭和のあたり前の日常に欠かせないものの一つとして 父の帽子は
"ひょい”と存在していたのだ。

私は 私の帽子をかぶりながら、
そっと目を閉じて、あの中折れ帽に香る、懐しいポマードの
匂いを想い出してみようかな。

そう、明日 6月17日は 父の日。
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ジンギスカンするのに理由はいらぬ
理由はいらぬが 冠は欲しい!!
ありゃ?ゴロが今ひとつじゃ…

てな訳で、5月某日 晴天、ジンギスカン日和。
この日は 高杉奈梨子 ナリちゃんのバースディ。
またひとつ 美しく齢を重ねた彼女を祝い、
尚かつ、5月6月生まれのメンバー・スタッフ・ゲストの
『合同お誕生会』という冠をつけて、
半分。青く、半分。白い空の下、ジンギスカン&タイスキ
パーティーが にぎやかに執り行われました。

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そして 本日のヒロイン ナリコへのプレゼントのミニ嵐。
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(これを身につけたナリコを見るのは だ~れかな?キャ♥)

お誕生日プレゼントって、貰うのももちろん嬉しいけど
それ以上に 何がいいかな?どれを選ぶと喜んでもらえるかな?
なんて考える時間が楽しくて、差し出す方も
幸せな気持ちになれるもの。

ラム肉が焼ける香ばしい匂いと、酔いも交じったみんなの
笑い声が、青い空を突き抜けてゆく。
これが 我らがアジトでのOJ(屋上ジンギスカン)の
醍醐味!!

締めはベリー満載のバースデーケーキ。

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本日のヒロイン ナリコの笑顔が満開になったところで
ハッピーバースディOJのご報告はおしまい。
明日からナリコはただのナリコじゃ!!うひゃひゃ!!

P.S
スペシャルゲストのあおいちゃん
また遊びにおいでませ!

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四国なんて縁遠いところ
私にとっては同じ日本ながら どこか“日本昔ばなし”的な場所
いつかは行ってみたいとは思っていたが その“いつか”はもしかしたら巡り合わない、
そんな“いつか”だと思っていた。
歌旅座が四国に赴くようになり、回を重ね、各地での盛り上がりや人々のあたたかさを
漏れ聞くことが増えるとさすがに現実の地と認識するようになったが、それでもまだ
縁遠いところだった。

それが、二月のある日 「四国来るか?」と、野太いBOSSの一言。
え? え??  いいの?  いいの??
生まれて初めて空に飛び立つ仔雲雀のように、ぴちゅぴちゅ、うさぎの心は一気に
西へ西へと舞い上がっていった。
“待ってろ、四国!   ウヒヒヒヒ”
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5月4日 まだ肌寒い千歳を出発する三泊四日のこの旅は、同じく応援に駆けつける
後援会会長夫人であり、JUNCOかーさんでもある由美ちゃん(今回だけこう呼ばせてね)
との妙齢美女二人旅。

 強力雨女のうさぎが来る、ということでメンバー全員がその日からの雨模様を
覚悟していたようだが、予想を裏切り、最終日までは一滴も降らせなかったことを
最初にご報告しておこう。
私の威力が落ちたのか?
いえいえ、これはやはり由美ちゃんのお力です。
どんな曇りの日も、その背に太陽の存在を感じさせるような、
明るいお人柄の由美大明神のお陰。
ほれ、このとおり、羽田から徳島へ向かう機内からはこんなに美しく、
富士のお山が私達を見送ってくれました、とさ。
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(絶景フジヤマパラダイス)

今回私達が参戦したのは、徳島県阿南市と阿波市の二公演。
いつもなら搬入やリハを少しでも手伝い、本番も一部MCや朗読を仰せつかるのだが、
今回はステージが始まるまでは全くのフリータイム。
皆を見送った後は由美ちゃんと徳島ぶらり旅。
ただ、どちらも昼公演のためさほどゆとりはなく、しかも、愛と勇気と真心はあるけど、
足となる車のないこの旅は行ける範囲も限られる。
阿南公演のこの日は、飛び込んだ観光センターのとても親切な方々が、この条件に見合う
場所を苦心して探してくれて、電車で行ける日和佐という所の『薬王寺』と
『うみがめ博物館』をすすめてくれた。
動物園巡りを趣味としている由美ちゃんと張り切って「う~みがめ う~みがめ♪」と
目指したが、悲しいかなローカル線。
一時間に一本しかない電車でたどり着いた日和佐駅には2㌔先の博物館へ向かう
タクシーもバスもなく、戻り時間を考えればやむなく断念。
豆粒のような遠くに日和佐城と23番札所の薬王寺を眺めつつ“うどん屋”を探したが、
これまた見つからずあきらめて道の駅で三口で食べ終わるぼったくり(?)ラーメンを
お腹に入れて、とんぼ返りで阿南会場へ向かった。
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(コーランを手に日和佐に降り立ったイスラムの姫??)

阿南のステージは、前半に北海道の、それもオリジナルの曲を中心に取り入れたのだが、
初めて耳にする人々に涙を誘うほど染み入っていく様子が垣間見れて本当に嬉しかった。
(5/5阿南市公演リポート ブログ 参照)
公演終了後、縁ができ歌旅座を応援して下さっている小料理屋『魚まさ』にて
美味しいお酒とお肴を心ゆくまで堪能!
そう、アリタのブログに載っている珍客二名は由美ちゃんうさちゃんでした。
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(魚まさにて)

翌、阿波公演は宿泊先から少し距離のある所。
朝早く皆を見送り、私達も少しでも会場に近いところに何か観光できる場所はないかと
地図を睨んで見つけたのが阿波川島駅。
どうやら近くに『川島城』なるお城もあるし、吉野川も眺めることができそう。
のどかなローカル線を乗り継ぎ、ゆらりゆられてたどり着いた♪のは小さな無人駅。
幸いに徒歩10分ほどのところにお城はあり、さらにその向うに吉野川が広がっていた。
イベントがあるとき以外はめったに観光客など訪れそうにない小さなお城だけど白くて
とても美しい形をしていた。
・・・・と思ったら、後で調べたところ、元のお城の天守閣を模擬で造った
“城風”の模擬天守閣らしい。
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(川島城と姫様)

日本三大暴れ川のひとつ、といわれる吉野川だが、この日この場所の吉野川は穏やかで、
澄んだ美しい流れで私達を癒してくれた。
親切な土地の人に教えてもらい、昼食は念願のうどん!
名物だという店名の付いた『八幡うどん』は、薄味の牛肉、鳴門のわかめ、お揚げさんや
玉子が入った具沢山のおうどん。
それぞれの味がけんかせず、おだしにうまく染み出て美味なるものでした。
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(八幡うどんと姫様)

大満足し、途中また遠くに豆粒ほどの10番札所『切幡寺』を眺めつつ、阿波会場へ。
この日はツアー最終日。
大入りのお客様が、ナリコのバイオリンに聞き入り、サーモンズのパフォーマンスに笑い、
そしてJUNCOの歌声に酔いしれて、千秋楽にふさわしい会場一体となったステージを
作りあげてくれた。感謝! 
(5/6阿波市公演リポート ブログ 参照)
終演後は、この日一足先にフェリーで戻るダルが歌旅号でホテルまで送ってくれた。
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(トラック野郎とお荷物二名)

めったに乗る機会のないトラックでの小一時間の旅。
一座NO1ドライバーダルの運転は安心かつ心地よく、いつもより高い座席から
町並みも人も見回して、おしゃべりしながらの道中はあっという間。
途中 3番札所『金泉寺』・・・への入り口を示す看板は見た!

楽しい旅は終わるのも早い。
徳島だけ、それもほんの一部だけど、霊場も遠くからの三ヵ所だけだけれど
私にも四国は存在した。
書ききれなかったが、幾つもの『親切』が由美ちゃんうさちゃんのぶらり旅を
繋いでくれた。
いつかまた、今度はもう少しゆっくりと四国を感じてみたい。
この“いつか”は必ず巡りあえる“いつか”であろう。
最後はうさぎらしく大雨を降らせて四国を後にした。

長文となってしまった似非お遍路道中記。
おつきあい、ありがとうございました。
そして楽しい時間を共に作ってくれた由美ちゃんに謝々!
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