北海道歌旅座コンサートスケジュール

歌旅座テレビ

カテゴリ : 北埜うさぎ

今年もまた ドSの血がたぎる季節がやってきた


まずはヤツを拉致し 頭をぶった切る(ギャ~~)
毛をむしり その柔肌を縛り上げ 寒空に吊るし上げ、いや、吊るし下げる
泣こうが叫ぼうが降ろしてなんかやらない
多少の温情で凍えそうな時はシートをかけるが 基本は吊るしたまま
その柔肌が やせ衰え しわが寄り うなだれる頃ようやく解放してあげる
・・・・・かに見せかけて次なる仕置きは 異臭漂う粉をふりかけ 身動きで
きない樽の中に押し込める
さらにその上から 重い重い石をのせて 暗い部屋に長いこと放置してやる

どうだ!思い知ったか!!
うさぎをなめんなよ!!!

こうして重き刑に深く反省したヤツは 約一ヵ月後 ぽぉりぽぉり みんな
大好き“一座の沢庵”として生まれ変わるのであった
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漬物名人二人(義母たち)の手ほどきを受けて会社で漬物作りを始めて
もう十年は過ぎた
隊長:うさぎ 
副隊長:イソベ
名誉隊員:JUNCO
幻の隊員:チエ
その他 作業中通りかかった者は皆臨時隊員


様々な物作り同様 漬物作りも奥が深い
その年の気候により干し加減も味加減も微妙に変わってくる
「今年はちょっと干しがあまかった」とか
「いつもより甘みが薄いね」とか
「今年は上手に漬かった」とか
これからの季節 どの家庭でも昔から交わされてきたこんな
会話が嬉しい

デジタルな音が飛び交い 3次元の映像が蔓延しても
揺らぐことのない先人の知恵が深く残る保存食
お茶請けに 酒の肴に 何より白いご飯のお供にと八面六臂の
働きで私たちの食を支える大切なソウルフード
多少の面倒さはあっても 自分たちの手で作ることができる環境
は嬉し有り難し

主だった作業と指令を出すのはうさぎ隊長だが 一番大変な
天候を見てシートをとったりかぶせたり 粕漬けの元を混ぜたり
力仕事をしてくれるのがイソベ副隊長だ
そして このイソベ隊員のお母様が漬物大名人なのだ
大名人の漬物を食べて育ち あんなに巨大化したイソベだが
私と一緒に漬物作りを始めるまで 自分で作ってみるなんて
考えもしなかったと言う 罰当たりめ! アハハ

↓巨大化したイソベと愛猫クロ
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漬け始めて何年目だったか 実家に持ち帰ったイソベが“うちの
母親が今年の沢庵美味しいね、と言っていました”と報告してくれた
嬉しかった!!
あの一言が今も私の中では小さな勲章のように光ってる
ありがとう!イソベの母上様



さあ 今年の沢庵と粕漬け そして新たにチャレンジした漬物たちよ
いつもいつも フライングして早く食べたがるBOSSとの闘いを前に
その身にゆっくりと旨味を染み込ませ “うまし”の一言を言ってもらう
時を屋上の納戸の中でじっと待ちながら 美味しく漬かるがいい!!
ドSの血はまた来年まで封じ込めておくから・・・・





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「淳子が様々なキャラクターを演じ、様々なジャンルの唄を散りばめた一人芝居、

それが淳子夜想」

まるで枕詞のように冒頭に必ずこの一言を添えて上演してきた「淳子夜想」は第10章を

終えたところでしばしお休みを頂いていた。

その間「新作は?」の声をあちこちから耳にしたり、また私自身マリーに会いたくて

悶々()としていたので、このタイミングで淳子夜想をやろう!! という話は小躍りする

くらい嬉しいものだった。

しかし、具体的な方向性が決まってから上演までの期間がトホホとなるほど短い!!

演者、スタッフ共、暑さと熱さの闘いだった。

 

詳しい内容は、今後ご覧いただくであろう多くの方々のために割愛させてもらうが、

今までの淳子夜想とは異質の冒頭の枕詞はもう使えない新作が出来上がった。

バカバカしい台詞もバカバカしい動きも遊び心とそれ以上の真剣さがなければ

ただ空回りするばかりだ。

誰もがそう感じていたからこそ、あの暑いスタジオにこもり本番までの短い期間

汗だくになりながらそれぞれダメ出しを繰り返していた。

一人芝居とは異なる間の取り方、立ち位置、目線、ポージング。

一つ一つチェックしてもまた次なる問題が見えてくる。

きっとそれが芝居というものの難しさでもあり面白さなんだろうなと思えてくる。

いえいえ私達のやっているのは「芝居」というのもおこがましい

「小芝居」ではあるのだけど・・・。

ご来場頂いた方々の多くの笑いと拍手に包まれて終えた今回の「黄昏を待ちながら」。

初演を終えてこそ見えるチェック項目が胸に刻まれた。

ダメ出しを受けて、自分がどう動いていいのかもわからなくなり集中力も切れ、

茫然自失となり瞳の焦点も失って座り込んでいたあの娘の瞳も初演を終えて輝いていた。

それは決してやり終えて満足した輝きではなく、自身にダメを出して「次は!!」と

燃える輝きだった。

 

やっと生まれた淳子夜想の新しい小さな芽、幾つ舞台を重ねられるのか、第2章3章と

続くのかまだ先は見えないけど、この夏の暑い思いと熱い思いでこの小さな芽を守り

育てていこう。

 

なんだか硬い文章になってしまったけど願いはただひとつ

「淳子夜想 黄昏を待ちながら」

多くの皆様の次なるご来場お待ちしております。

                             北埜うさぎ

皆様、北埜うさぎでおま。

歌旅座ライヴ会場で物販の目玉として
ご好評いただいている円山厨房特製カレー。 
おこがましい話ですが、このカレーの土台となったのは、
不肖ながら私の「うさぎカレー」でございます。 
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昔々、このカレーを舌も腹も肥えたスタッフにふるまったところ
たいそう気に入られて、 レストラン円山厨房というお店の定番メニューに、 
さらには、レトルトパッケージとして商品化されるという流れがありました。

ここに至るまで、レトルトという形態のために多くのプロの手が入り、 
以前のような家庭でふるまった調理方法とは似て非なるものではあります。
でも、これまでに紡ぎ出してきた楽曲の歌詞たちのように、
たくさんの方々に愛されているのは、何ともこそばゆく嬉しいのでございます。

とは言え、私自身、カレーはさほど好物でもなく、
外食の折にも自ら注文するのは皆無という品。

ただ、そんな私にも「どうじても食べたい!!」と願った
憧れのカレーライスがありました。
多少の脱線をお許し願えれば、そんなカレーの思い出話をひとつ......。





20歳代半ば......。
ひたすら仕事に突っ走っていた頃。
内臓を患い、病院に向かった。
医師に説得され、仕事は休みたくなかったけれど、
当面の業務を片づけてしぶしぶ入院することになった。 

過労とストレス、そしてお酒。 
今は人並み程度だと思うが、当時はたしかに周囲から「ざる」と指摘されるのも
あながち嘘とも言い切れないほど、イケる口であった。
遅れて宴に加わった男性社員が次々とつぶれても平気で呑みつづけ、
「よく呑めますねえ〜」と店員から呆れた口調で言われたこともたびたびあった......。


そんなこんなで、夏・真っ盛りの入院生活。
8人部屋で周りはほぼ年配者ばかり。
治療は日々の回診、点滴、安静臥床、そして食事療法。
仕事柄、見舞客が多く、狭い病室では迷惑をかけるので
その都度、院内をウロついていたら看護師に叱られてばかりいた。
そう言われても寝てばかりでは退屈するので、 
同室唯一の20歳の女の子を誘って
みんなが寝静まった頃に外来のロビーに降りて、
車椅子を爆走させて遊んだりしていた(ほんま、スミマセン...)。 

その罰が当たったのか、数日後、ベッドから起き上がるときに
ひどいギックリ腰をやらかし、あわせてヒドいモノモライもできてしまった。
ある日には、眼帯をして歩行器につかまり、ヨタヨタ歩いていたら 
お見舞い客に「オマエ、いったい何の病気で入院してんだッ???」って。
......ほんまですなぁ、トホホ。



いろんな検査も済んで、回診と点滴が終われば、
ある程度は自由が利くようになった頃、短時間の外出が許されて
近くのショッピングセンターに出かけてみた。

真夏。解放感に背中を押され、こっそりと食べたのがアイスクリームぜんざい。 
大いに満足して病室に戻った夕方、 ひどくカラダが痛みだし、
またまた注射と点滴、増量。
そして、そのまま投獄——ではなく、食事指導の面談室へ。

徹底した食事療法とは、脂肪ダメ、刺激物ダメ、アルコールダメ。
熱〜いモノ、冷た〜いモノもダメダメ。好きなモノ、全〜部ダメッ!!
延々と説教、もとい、延々と指導がつづく。
「いいですか。極端な話、美味しそう〜って思うだけで臓器が働き出すんですよッ」
との言葉に黙って頷けばいいものを、
「じゃあ、不味そ〜、美味しくなさそ〜、って思って食べたらいいんですか?」。
その後、説教タイムはさらに延長され、毎日の監視の目が厳しくなったのは、
ここに書き記すまでもない。



今でこそ、病院食はかなり改善され、工夫を加えて美味しくなっているが、
当時は本当に「トホホ食」だった。
目の前に出されるのは、パサパサになった薄〜い味付けのタラ、ささみ肉。
サラダだってドレッシングではなく、薄〜い酢。甘酢ではなく、ただの「酢」。

食事は常人食も特別食もいっしょに配膳されるため、
同室の患者さんのグラタンやら、唐揚げやら、生姜焼きが
うらやましくてならなかった。
なかでも、いちばん酷なメニューがカレーライス
廊下から病室まで漂うカレーの香りに包まれながら、
味気のないタラの身をぼそぼそと噛みしめる侘びしさの極みよ。
斜め向かいのおばあちゃんを羽交い締めにして、
カレー皿を奪いたい衝動を抑えるのにどれほどエネルギーを消耗したことか......。
しまいには、カレー風呂に溺れる夢まで見たほど。
ごくごく普通の、いや、普通以下でさえ、
大枚をはたいてでも食べたい憧れのカレーになっていた。

後にも先にも、ただひたすらにこれが欲しいと熱意を抱いたのは
この病院カレーだけかもしれない。

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数値も落ち着き、「あとは通院投薬で」と退院許可が出たのは嬉しかったが、
退院してしまえば、あのカレーを口にすることができない
そんな卑しん坊の無念さだけが残っていた。

長引く通院生活のある日、親しくなった検査室の女の子が、
私のためにその日の献立だった職員用のカレーを1皿、取っておいてくれた。
「そんなに美味しくないよ」
女の子が笑いながら手渡してくれたお皿の重みを今でも覚えている。

ひとくち。
うん、おいしくない。
辛味もコクもないありきたりのカレーライス。
おいしくないよ、うん。
だけど、美味しい!!

ひとくち食べるごとに、病室で聞いた盆踊りの賑わいや、
優しかった同室のおばあちゃん(羽交い締めしそうになってゴメンネ)、
回診のたびに「お酒、飲んでませんか?(入院中だっちゅうの!)」と
訊いてきた主治医先生の顔が浮かんできては、カレーといっしょに呑み込んだ。

この舌が憧れを現実へと戻してくれたけど、
「焦がれた思い」というものはそれほど悪くもなく、
不自由な入院生活の彩りとして◯◯年経った今でもこうして残っている。




きっと、誰にでもそんな、ちょっと苦笑いしてしまうような
思い出の味ってあるんじゃないかな。
語るほどもない思い出の味話。

ここまでお付き合い、ありがとうさんでした。



さあ、今日は久しぶりにうさぎカレーでも作りましょ。
皆様、どうぞ「円山厨房特製カレー」を今後ともご贔屓に......。

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イラスト=ジュンコ・ガブリエル画伯


 

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