北海道歌旅座コンサートスケジュール

歌旅座テレビ

カテゴリ : JUNCO

SNSだなんだと 携帯端末にフリフリ
振り回される時代。
40歳にして初めて『スマホ』というものを
持ったわたくしJUNCOでございますが、
便利さの奥に潜む『コミュニケーション不足の闇』には絶対に入りたくないので 人のぬくもりは
大切にしたいなと、パッカン携帯を持ってた時より
強く思うようになった。

私達のコンサートに来てくれるお客さんの
年齢層は 主に60代から80代まで。
『フェイスブックで友達に』なることも、
『LINEの交換をする』ことも、ほぼ
『なんじゃそれ?』の方達。
コンサートの案内は やはり新聞に!
ラジオで聞いた曲、知ってる!
◯◯さんがイイって言ってたから、
一緒に行きましょ!
◯◯に張ってあったポスター見たの!…
どれもこれも、『リアル』だ。

時代と共に、宣伝方法は変わってきている。
パソコンやスマホを開くと
CMだ広告だ、なんだとまぁ忙しい。
便利は便利ですけどね。


音更町公演。300人のお客様!
誰が?何が?どうして?そこまで…
寒い夜、白い息を吐きながら 家々をまわり、
『本当に素晴らしいから』と走り回ってくれる人。
小さな端末に頼らず、その足で
想いを伝えに行ってくれる人。
あぁ、私達は 完全に 応援団に支えられている。
ふれあいホールは 人が繋いでくれたぬくもりで
いっぱいだった。あったかい。本当にあったかい。

70近い応援団の一人が、こう言う。
『私達、JUNCOさんの60歳になった時の歌も
聞きたいのっ』
うっひょ~っ!うれぴ~!
あと20年。

『100年続く歌旅座』のうち、生きた証を残せるのは何年かな。。
皆さんと一緒に、時を重ねていく一座。
還暦を迎えた私は、どんな景色を見てるんだろう。

ほろ酔いで見上げた空には
星がたくさん降ってました。
音更の愛すべき皆々様、いつも
本当にありがとう。

_20171130_201502


(O家の娘、チャッピー、いや、あずきちゃん。
彼女もまた沢山の人を支えて生きている。
これからもよろしくッス!)

終わった…。
2009年から旅が始まって以来、
あと少しで1000公演目も迎えようと
していたのに…これは…穴があくぞ…。

11月25日 AM5時45分。
まだ人間になりきれていない面々が
雑巾みたいな顔で千歳空港に向かう。
BOSSがおもむろに ピーターの
『夜と朝の間に』をかける。
あまりにも早い出発だった為、果たして今は
夜なのか朝なのかを問っていたらしい。
ツッコミを入れるには メンバーはまだ
そこまで冴えていなかった。

『運航しだして良かったよな~っ昨日
ヤバかったもんな~』『ですよね~っ』
前代未聞の航空管制塔のトラブルで
昨夜は多くの欠航があった千歳空港。
なんとか我々は 目的の仙台空港へ行けると
確信。

何の気なく 千歳空港の欠航状況をチェックする。
ANA 千歳7時50分発、仙台行き。

『欠航』。。 。 。

あまりに驚いた為、車内は異常な静けさに
包まれた。
各々、山形へ行くあらゆる手段を検索し出す。
時間だけが過ぎてゆく。
開演時間は当日、14時。
黙ったまま、千歳空港へたどり着いた。

BOSSは空港内カウンターをあっちこっちと
駆け回る。
額には汗も光っている。
この世に神はいない。守ってくれるのは
人しかいないのだ。
並ぶ人、走る人、レンタカーの手配、
うんちもしたい、タバコも吸いたい、
時間がない、時間がない…

離陸5分前、ダウンを来た5人は
ダッシュで機内へ乗り込む。
目的地は 岩手花巻空港。7時40分発。
乗れた…。乗れたぞ…。
BOSSの経験と知識と金色のカードに
何度も手を合わせる。
これで 海は渡れるっ!
花巻空港からはレンタカーで3時間、
12時33分、山形県高畠町に到着。

ハァ… 歌旅始まって以来、こんなにドキドキ
したのは初めてだ。
おかげさまでうんちも固まってしまった。

しかし、奇跡の『ギリ』で高畠町の皆様の
笑顔を見ることが出来た。
身体に悪い。

なんとも グッタリの1日の終わり、
もうひとつ奇跡が待っていた。
宿の隣の赤ちょうちんで 晩酌をと思い
暖簾をくぐる。
こじんまりとした店内。
ねじりハチマキをしたマスターと
山形美人の女将さん。
北海道から来たのだと言うと マスターは
嬉しそうに
『ほ~っ!俺も小樽よっ』と 、バリバリの
山形弁で話してきた。71歳。

よっぽど嬉しかったのか、
次から次へと、山形の料理を出してくれる。
でっかいナメコに、食用菊、酢ダコに
カツオのカルパッチョ…
小樽出身のAREEのそばで、
『よしっ!俺にも注いでけろっ』と
地酒『初孫』の熱燗を呑む。
まぁまぁしゃべることしゃべること。
それが 嫌な気がしない。
気持ちのいい、なんともこちらのほっぺも
ゆるむひととき。
こりゃ奇跡だな。

_20171125_214812


山形に来た時は、また必ず来るねと約束して、
女将さんが持たせてくれた蒸しパンを片手に
宿へ戻った。

外も心も真っ暗だった朝6時。
眠りにつく今、こんなにもあったかい気持ち。

あれは、終わりじゃなかったんだ。
始まりだったんだ。

あったかい。
幕が開いた瞬間にその温度が分かった。

連日の道南ツアーは どこも凍える程寒かった。
出発前にうっかりクロックスを履いてきてしまったBOSS。
ただ一言、『頑張る。』と言って道中乗り切った。
夏靴で来てしまったAREEは、出発して間もなく車内で
靴下を干すハメに。
横殴りの吹雪だった江差の海辺の番屋では
海なりと風の音がゴウゴウと響き、家の中で身を寄せ合って、
ストーブの上で温めた熱燗と、スーパーで買った湯豆腐で
あたたまった。ちゃぶ台がやけにしっくりくる。
『もう明日が来ないんじゃないか』と思わせる暗い夜が
一座を包む。
遂に来たか、北国の冬。

恵庭市島松 夢創館。
北海道180市町村公演の2カ所目。2009年3月17日。
幕には 『悲しいことは数あれど』と『人生捨てたものじゃない』
の文字。なんというインパクトの強い言葉。
地元の書道家 丹治禎琴先生に書いてもらったもの。
なにもかもが 『駆け出し』状態だった。
MCもままならなかった自分を今もよく覚えている。
もう少しで丸9年か…。早いな…。

_20171124_140001


今となっては 道内にとどまらず、全国を走らせてもらっているが
なんと言ってよいのか、恵庭のステージに立つと
他の街では感じない感覚がある。これを 『ふるさと』と言うのか。
チビッコじゅんちゃんを知るあの人やあの人の顔が
ステージから見える。泣きそうになる。
沢山の応援してくれる人達に支えられ この旅が続いているのだと
再認識する。ただただ ありがたい。

公演後、ある店で打ち上がった。
お酒の大好きな我々に 絶妙な加減で熱燗をつけてくれたのは
9年前の恵庭公演で 初代地元みちくさ合唱団として
ステージに立ってくれた本郷さんという女性。
ずっと 繋がっていてくれる。あったかい。

ここ数年、私達からの突然の電話に いつも気持ちよく
『やりましょうっ!』と答えてくれる三浦真吾ちゃん。
一杯呑みながら話す。
『子供が出来てから、この子が大きくなった時
暮らしやすい街を作っていきたいと考えるように
なりましたね~。』
まさか彼が 結婚し、子供を作り…だなんて全く
想像もしていなかった私達。
『未来』を考えて生きていく時、それは 人生の
大きな一歩のような気がしてならない今日この頃。
これからも 楽しいこと沢山やりたいねぇ。

_20171124_140040


先輩から 大切なものを受け取り、受け継ぎ、
未来へ語りかける。
かつて 恵庭のステージで 珍しく緊張していたチープさんも
きっと今のこの旅を面白おかしく見守ってくれているだろう。

ホーム恵庭、溢れんばかりのご来場
ありがとうございました!



(『はちきん』とは、高知地方で
行動的で気性のはっきりした女性のこと。)


薄々気付いていた。
日々布団に入る瞬間、なにかをし忘れて
いることに。
しかしまだここでは明かさないでおこう。


芸西村公演を盛り上げてくれたのは
とある女性。一人目のハチキンさん。
香南市公演に、馬路村の方と一緒に
見に来、『是非我が村にも』と
かなり早い段階から声をかけてくれた。

客席の1番後ろで 村のみんなが楽しんで
いる姿をじんわりと見守る瞳。
会場が沸き上がる景色は
『最初の一歩』がなければ見られない。
余所の町まで足を運び、自分の目で確かめ
公演を実現する。
こんなにハートフルなハチキンさんが
芸西にはいるのだ。
ちなみにこの日は結婚うん十年記念日
だったそうで。
残念ながら 今後、『あなた、これからも
よろしくね♪』と同時に嫌でも『歌旅座』
を思い出すことになりますが許してね。へへ。
素敵な出会いをありがとう。

そうそうっ。
公演後、文化協会の会長さん(女性)が、
『高知に泊まるんやったら……◯◯が◯◯で、
◯◯の◯◯が…』と とっても気持ち良く
色々教えてくれた。
おぉ~この方もハチキンさんだ。
芸西村に限らず、高知の女性は本当に
気持ちがいい。
泊まった宿の女将も、テキパキしてて
明るかった。
自分は女だけど、奥さんにするなら
高知の女性がぴったりなんじゃ
ないだろか。

今回は残念ながら 土佐人の酒豪ぷりを
拝むことは出来なかったが、
一座としても やはり 横綱ナリコ不在にして
戦いは挑めない。次回の楽しみに
取っておこう。

11月1日から始まった go!west!ツアー、
11公演最終日、トラックの扉を閉めながら
忘れていたことを思い出す。

_20171113_003245



『カツオのタタキ食べてないぢゃん。』

倒れそうな身体を引きずって、
カツオ…カツオ…と呟きながら
会長に教えてもらった店に行く。
風俗店街の片隅の地下。
地酒『土佐鶴』の燗で よく働いた私の喉に
ご褒美を。

_20171113_085629


じわっとお酒が沁みる時、
今回の旅で見た 美しい川や緑の山々が
胸いっぱいに広がった。

先月 ここ敦賀湾を訪れてから
一ヶ月も経たないというのに
また来てしまった。また⁉なぜに⁉
『なまら気に入ったから』。
あまりにも居心地が良く 女将のご飯は
抜群に美味しく 看板娘は やたら可愛い。
たまらん。
初体験のナリコは ご満悦顔で私の隣で
ヴァイオリンを奏でている。

しかし、今日はオフ日だというのに雨。
もし晴れていたら プライベートビーチ並に
目の前に拡がる湾で釣りでもしようかと
思っていたのだが、断念。
洗濯物もなかなか乾かない。
洗濯物…洗濯…
もぉ~っホントに大変なんだ この洗濯っ!

売れっ子達は スタイリストさんが
衣装をクリーニングに出し、本番までに
楽屋にビシッとかけてくれてたりするらしいが
私達は違う。『とにかく洗う』。

公演を終え宿に着くのが深夜一時を
まわっていても、洗濯番のチエは
瞼が9割閉じた状態でフラフラと
ランドリーへ向かう。
その間に眠ってしまい、朝 大急ぎで
乾燥機をまわす。


そのまま放置し過ぎて、捨てられた原稿用紙
のようにシワッシワになることもある。
時間がない時は 半乾きのまま会場に持ち込み
至るところに干しまくる。
ホテルにランドリーがない場合は
車を走らせなきゃいけないし、
田舎過ぎてなにもなければ
風呂場でせっせと自力で洗う。


ある夏の日。あれは旭川だった。
出番前、衣装に着替えたメンバー。
…『くっ!!』『クセェっ‼』

これからステージに立つとは思えない
ナットウキナーゼのカホリ。。
…考えられない。ダメだ。
お客様にご迷惑がかかる。
『必ず、必ず洗わなくては‼』

それからと言うもの、私達は
睡眠時間も削り wash wash…。
チエは大分 要領良くなってきたようで
衣装が 捨てられた原稿用紙になることは
ほぼなくなった。

とは言え、相変わらずの大変さは
今後も続く。
部屋いっぱいに干された衣装に
囲まれながら眠る夜も
私達ならではの景色。
愛してみようじゃないか この状況も。


雨は雨で良いもんだ。
宿に人が多くて あたたかい。
今日も 歌旅座 元気です。

洗濯の妖精さん(大きめ)も
スヤスヤ寝とりますわ。

_20171104_084227

このページのトップヘ



© DMJ, INC. ALL RIGHTS RESERVED.